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2009年5月 3日 (日)

5月3日の易経からのメッセージ【沢天夬たくてんかい・上爻」えぐりだされる立場。自分の中の小人性をしっかり見つめて、解決への一歩を踏み出しましょう。

いやあ、凶の卦が続きます。

ちょっと、解説書くのも億劫のような、複雑な気分です。

私は、ずうっと忙しくてゆっくりしていられなかったので、今年の連休はどこへも出かけないで、家事と事務整理に明け暮れる予定でした。

昨日も一日中、そんな半端仕事のあれこれをしていまして、少しずつすっきりするのと同時に、やってもやっても終わらない事務仕事に、一日にしてうんざり!という気分にもなってきました。

今日は早朝から、頼まれた易占いの解説書いたりして・・・休みの日なのに・・・なぜか窮屈なくんぷうです。

そしたら、いただきました。

【沢天夬】の上爻。堤防決壊の卦。抉り出されるべきその当人。泣き叫んでもダメ。最後に凶(まがまがしいこと)がある。

こんなに「凶」の卦が続くのはただ事ではない感じです。

思い当たらないから、それもまた心配。

何かがひそかに進行していて、本人だけ知らないという感じなのかなあ。

中国への気功練功の旅にご注意頂いて以来、凶が続いています。

本当は自分の「生き方全体」を見直すときなのかもしれませんね。

とりあえず、ばたばた急いで、心臓に負担をかけることを少なくしようかと思います。

易占いなんかしなければ、こんな気分にならないのに?!と、ちょっと恨めしい気持ちで易神のメッセージを受け取っています。

でも、今までに相当にシンクロしてきた私自身への易占です。きっと何かの意味があるはずです。

易経の中には、吉も凶もたくさん書かれています。

もちろん、人生も吉ばかりで成り立っているわけはない。

田中恵祥先生がおっしゃるように、凶をいただいて人生にいかすことこそ大切なのだとは思いますが・・。

だけど、漠然とした不安におびえるのは心理学的に考えれば、あまりいいものではありません。

用心しながらも、明るく前向きにいきたいです。

だもんで、過去記事読んで、少し楽な気分になりました。

皆様も続きでよんでください。

それでは、今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

今日は64卦のなかでも、あまり好きではない【夬かい】です。元気な陽が陰(小人)を決去しようとしています。その中でも、まさに取り去られるべき運命にある陰にあたる上爻がでました。

何か自分の生活の中で、取り除いたほうがいいようなこと、抱えていませんか?相当な決意を持って抉り出しましょう。

でもそのことをみなさんに知らせたり、痛くても叫んだりしないでください。

足元から見直したほうがいいことがありそうです。いやいや、上爻だから、頭の中身(=考え方そのもの)かもしれません。

あなたの中の、陰の部分、小人の部分、を、あなたの陽=健全な精神の部分が抉りだそうとしているように見えます。

そういうことなら、精神論ですみますが・・・。この卦をいただいたときは、ご用心。特に今日は抉り出される上爻ですから、あなた自身、私自身の身に何か周りから排斥されそうなことが起こったり、健康やら仕事やら趣味やらで、災難をこうむる恐れもありそうです。

ご用心といっても、日常の中の【夬かい】です。そう恐れないでくださいね。

でも、非常時とか、旅立ちとか、新規に何か行おうとするときに、この卦をいただいたのなら、方針の見直しが必要だと思います。

日常の中では、物事は恐れすぎてはいけないと思います。用心するにこしたことはないけど、ポジティブシンキングでいきましょう。

はじめに書いたように、自分の中の陰の部分に目を向けるよいチャンスかと。陰は影でもあります。ユング心理学での元型のひとつである影=シャドウとは、普段意識しない自分の中の否定的部分。それがあることすら、否定しているような見ないようにしている部分です。自我があまりに明るい部分ばかりを強調して、影の部分を否定していると、かえって影は活性化して自らを認めさせようとします。

「いやな部分もあるんだよね。わたしって・・・。」と認めてしまうことが影と仲よくするコツのようです。

ですが、易ではこの卦のなかの小人(陰)は、仲良くするというよりは抉り去られるべきものとして考えています。終には取り去られるべきものです。ゲド戦記の中のゲドの影との戦いを思い出します。自分の影ともしらず、自分を追いかけてくる敵と認識して、ゲドは命をかけて戦います。瀕死の重傷をおいます。そうまでしてやっと、本物の魔法使いになることができました。アーシュラ・ル・グウィンは、易経を知っていたんではないかな?と思います。

影との付き合い。陰とのかかわり、そう簡単ではないことでしょう。今日はしばしそういうことに目を向けてみるのもよいかもしれません。

今日の得卦【沢天夬たくてんかい・上爻】

卦辞 夬は、王庭に揚げ孚(まこと)あって、号(さけ)び、厲(あやうき)こと有り。告ぐるに邑(ゆう=むら)よりす。戎(じゅう=いくさ)につくによろしからず。往くところあるに利(よろ)し。

爻辞(上爻) 号ぶことなかれ。終に凶あり。

くんぷうさんの解釈

【夬かい】のときは、君子が小人を王の庭に上げて、その罪をはっきりさせるときです。誠があっても号(民に大声でしらせる)することは、危ういこともあります。(何しろ相手は小人です。悪だくみもありや?)村々からしましょう。自分に誠があるからといって、どんどん進めていけば危ういこともあります。用心するということが大切です。小人(陰)を決別・抉去するといっても、戦争をするような武力を用いるやり方はよくありませんよ。

陽の力が強いです。一陰を取り去るときもすぐです。だから行くところのある人は、目的を進めていいのです。

新緑、薫風の五月。こんな卦をいただいても気持ちは晴れ晴れとしています。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

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くんぷうさんの、ともいきブックス

  • 東畑 開人: 野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

    東畑 開人: 野の医者は笑う: 心の治療とは何か?
    この本を見つけたときは、興奮しました。私と同じようなことを考えている人がいる!でもって語り口もフィールドワークの対象となっている沖縄のヒーリング&セラピー界隈の事情も面白くて一気読みしました。科学的なお墨付きを得ていない方法で癒しに関わっている人達を「野の医者」と定義して、癒しの施療を受けながら、実地調査した(どこかからの助成金で)成果物としてまとめた本です(論文もどこかにあるでしょうけど、この1冊で十分です)読み終えて心に残ったことは、野の医者は傷ついたヒーラーであるということ。当たり前の話です。医者も看護師も心理士もそういった人が多いですし、私自身もそうです。本文でも、フロイトやユングにもふれられています。そうは言いながら、経済論理が大きくありようを決めていることが述べられています。「経済的に豊かになるために開業した」と書かれている野の医者さん達ですが、ちゃんとした就職口を得るために臨床心理士になる人とどこが違うのでしょうね?沖縄のユタの癒しについては踏み込んでいません。心に残ったのは自由な発想でプリコラージュした技法の面白さです。野の医者業界の古参の人たちには、河合隼雄さんの影響が残っているという点も面白かった。 著者は臨床心理士で、大学でも教えていらっしゃいますし、東京の一等地でセラピールームを開いてもいらっしゃるようですから、私からみたら野の医者とはとても言えない方ですが、お金さえかければアクセスできるというのは野の医者業界に近い在り方かもしれません。京都大学で臨床心理学を修められた正統派セラピストです。読み終えて、この本に出合った時の興奮は冷めていました。科学的と定義することのむなしさが残っています。

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    安田 菜津紀: しあわせの牛乳 (ポプラ社ノンフィクション―生きかた)
    岩手県岩泉市にある中洞(なかほら)牧場は、日本では珍しい完全放し飼いの牧場です。この飼い方を山地酪農と言うそうです。森や山の中で自然に育った(手入れはされています。芝や牧草の栽培もされていますが、農薬は使わない。肥料は牛たちの糞とそれを分解してくれる生き物たちの排泄物、落ち葉など)そこでは、牛たちは自由に歩き、遊び、食べ、寝て、水は谷川や池に来て自由に飲みます。子牛はお母さんのおっぱいが飲めます。そんな幸せな暮らしをしている牛たちの牛乳はとても美味しい。濃厚飼料を使わないのでちょっぴり乳脂肪が少ないそう。こんな夢みたいな酪農が実現したのは、中洞さんが小さいころからあこがれていた緑の山地・自然の中で牛を飼うということを実現させるための苦難と工夫があったからなのです。小学校中級から読めます。東京にいて、ここの牛乳飲めるかな?と調べてみたら通販サイトで買えるみたいです。

  • 広瀬 宏之: 発達障害支援のコツ

    広瀬 宏之: 発達障害支援のコツ
    著者は児童精神科医。本書は神奈川LD協会冬のセミナー2018「発達障害を支援するための基本の手引き」の講演録に加筆したものと、あとがきにあります。内容は専門的な最新の知見をもとに、医者やセラピストなどの治療者にも、保育や教育の支援者にも、家族や大人の当事者にもわかりやすいものとなっています。言葉の一つ一つが含蓄があって深いんです。一日1ページ、開いたところを読んで、今日のセラピーに活かしています。例えば「グレーゾーンと言う言葉」では、「グレーゾーンと言う言葉は非常に危険です。支援が必要な人はグレーゾーンではないんです」「グレーゾーンだから支援をしないで様子を見ていて不適応が嵩じていってしまうのが一番避けたいパターンです」とあります。この子(人)にどんな支援が必要なのか見抜く目を持ちたいです。

  • マイケル モーパーゴ: 希望の海へ

    マイケル モーパーゴ: 希望の海へ
    現代イギリス児童文学を代表する作家の作品。背景には、オーストラリアへの強制的な児童移民の歴史がある。第二次世界大戦後の戦災孤児アーサーは訳が分からないままに、オーストラリアに送られた。イギリスを発つ前に孤児院で姉のキティと別れる時一つの鍵を首にかけてもらったことが、自分自身が確かに生まれてきて存在していた、姉もいたという証となっている。この物語は2部仕立てで、前半はアーサーが書き残した自分史ノートの物語。オーストラリアでは、奴隷的な労働が待っていた。悲惨な生活から兄とも慕うマーティと共に逃げ出し、孤児となった野生動物を救済しているメグズおばさんに拾われた。ヨットを作る船大工の仕事をしたり、漁船に乗ったりした後、ベトナム戦争に従軍し心にダメージを受けて帰還した。病院で出会ったクレタ島からの移民を父に持つナースのジータと出会い幸せな家庭を築くまでの物語。第2部はアーサー亡き後、娘のアリー(18歳の少女)が父が作った決して沈まない小型ヨット・キティ4号に乗ってオーストラリアからイギリスまで地球半周の単独航海をする物語。父の鍵を首に幾多の困難をかいくぐりイギリスに到着し、鍵の謎とキティに出会うまでが、現代の物語らしく、メールやインターネットでの情報発信、宇宙飛行士等が登場して物語を支える。モーパーゴの物語は最後までぐいぐいひきつけながら声高ではないが、人の生き方の多様性を伝えて夢中にさせる。ヤングに読んでほしい。

  • ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)

    ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)
    この本は、2017年、ミステリー専門のエドガー賞児童図書部門を受賞しました。主人公ダニエルと共に殺人事件かもしれない謎に挑戦してワクワクしながら読み進めていけます。しかし、単純な謎解き物語ではなく、全編を覆っているのは、OCDの症状から逃れられない苦しみです。不安があると寝る前に2時間でも3時間でも儀式と呼ばれる強迫行為をしなければ就眠できないのです。ダニエルが「ザップ」と呼ぶ強迫観念が侵入してきて「○○をしろ。ダメだ。やり直せ」と命令し、ダニエルは手洗いやスイッチのオンオフ、歯磨きなどを繰り返しせざるを得ません。不合理と分かっていても止めることができません。涙を流しながら、し続ける苦悩がリアルに描かれています。作者もこの症状に苦しんだ当事者だそうです。 13歳のダニエルは、アメフトをやっているけど、とても自信がありません。蹴るだけや走るだけならできるのですが、試合でキックをする場面になるととたんに「ザップ」が襲ってくるし・・・。ある時スタメンの少年が怪我をして試合に出ざるを得なくなりました。謎解き、スポーツのヒーロー物語、異性への関心と友情が描かれ、ダニエルが密かに書き続けている「人類最後の子ども」という物語までが挿入されています。これでもかとばかりのエンターテイメント要素の投入です。作者は最後まで読んで欲しかったのですね。 OCDは、「強迫症」とも言われる病気です。子どもの有病率は2%前後とも言われています。この本の扉の裏には「OCDに向き合うあなたへ /ひとりでは見つからない希望も/助けを借りれば、かならず見つかります」と書かれています。ずっと秘密にしていたことを人に話すのには勇気がいります。OCDに苦しむ子どもにも大人にも楽しく読めて、回復への希望をもつきっかけになりそうな本です。OCDを知らない人にもこの病気について理解を深めていってほしいです。

  • エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)

    エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)
    これも少し前の児童書です。小学校上級から中学生くらいの人にお薦めですが、大人が読んでも面白いことは受け合います。カナダのある街に転校してきた車いすの少年デ―ヴィッドとバスケ好きの1学年上の少年ショーンのボーイ・ミ―ツ・ボーイの友情物語です。強がっていたデ―ヴィッドの心の奥底の寂しさと辛さに触れて、障害について思いを深めました。ショーンが車椅子体験をする場面もリアルです。

  • 京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)

    京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)
    児童書です。ロンドンパラリンピックの前に出版された古い本ですが、一連のリアルつながりで、読みました。 自動車事故で脊椎損傷を負って下半身はおろか、背筋、腹筋も使えなかったサッカーJリーガーだった選手が、車椅子バスケでスポーツ選手として復活するstoryに子ども達は勇気づけられることでしょう。「夢に向かって行動を起せば、必ず出会いがある」という素的な言葉に出会いました。

  • 井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~

    井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~
    漫画家井上雄彦と取材チームが、リオ・パラリンピックの車椅子バスケを取材しました。マンガ「リアル」の登場人物たちを絡めながら、現実の試合と選手たちの姿を1冊の本にまとめてくれています。写真が素晴らしい。そして、リアルの原画もあり、選手たちのプロフィールも語りも読みごたえがありました。2020の東京パラりンピックまでに、「リアル」復活を熱望します!

  • 井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)

    井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)
    暮れだったか、正月だったか?テレビで車椅子バスケの選手京谷和幸さんの特集を見ました。その粘り強さと目標に取り組む熱さに感動しました。「リアル」のモデルの一人だということが知らされ、さっそくこの漫画を手に入れました。素晴らしい漫画です。劇画中の登場人物の心情と情念が本当にリアルに描かれている。単なるスポーツ根性物語ではないです。登場人物の生き方と個性が迫ってきます。障害に向き合う姿が生々しい。リアルでありながらファンタジーも含んでいて、私はプロレスラー・スコーピオン白鳥に感動しました。プロセスを知らないおばはんを感動させる井上雄彦さんの漫画の迫力!残念ながら14巻までしか描かれていません。続きが読みたい。(息子が古本屋で既刊全て見付けてくれました)。そういえばバガボンドも途中だとか。それも息子に進められ以前に読みましたっけ。スラムダンクは読んでいません。

  • フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

    フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)
    この本が出版された2013年に一度読み、今回二度目に読んで、このリストに紹介します。主人公マルセロは弁護士のお父さんと看護師のお母さんを持つ、アスペルガー障害に良く似た症状のある17歳。小学校入学以来、私立でお金がかかる障害児への支援が専門の学校パターソンに通っています。高校の最終学年を控えた夏休み、お父さんは、弁護士事務所というリアルな世界でアルバイトすることを求めます。マルセロはパターソンの農場で生まれたポニーの子馬を世話するアルバイトがしたいのですが、お父さんは強硬です。リアルな世界のアルバイトを成功裏に負えたなら最終学年までパターソンにいて良いと、交換条件を出されてしぶしぶお父さんの事務所で働くことになりました。 マルセロはオフィスの中で、衝撃的な写真に出会います。顔面の半分が削り取られている映像なのに、その子の瞳が強い思いを発して迫ってきます。直属の先輩ジャスミンと一緒にその子を探し出そうとします。ここからはミステリー仕立てですのであまり詳しくは書けません。 マルセロにとってリアルワールドとは、障害があろうとなかろうと、思春期の男性として通過しなければならない世界です。性の芽生えや、異性への関心もテーマです。一方で裁判の中で争われる正義と不正義の交錯する世界もあります。自己の実感に基づいた行動を通して世界へ関わろうとするマルセロは嘘がないという意味で最もリアルな存在かもしれません。現代アメリカが抱える貧困や差別などのリアルな現実も描かれています。 自分の思いを的確、適正な言葉で表現し、コミュニケーションに反映させたいと苦闘するマルセロが発達障害を理解する上で参考になります。私も自分の思いにぴったりした言葉を探して苦労をなさっている方々と出会っています。会話がゆっくりだから知的に劣っているわけではないのです。何も言わないからといって、何も考えていないわけでもないのです。その辺りの当事者としての在りよう(叙述)に大いに学ばされました。発達障害に関心のある方もない方も、現代アメリカ小説として「時代を映す鏡」として楽しめる作品ではないかと思います             

  • ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある

    ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある
    作者の後書きによると「アメリカの3世帯に1世帯は家族の中に精神疾患に悩まされてい」るそうです。翻訳者の金原瑞人さんは、訳者あとがきで「本文を全部読む前に読まないで」と書いてあります。上質のミステリーであり、ファンタジーも内包しています。読み終わった後、また初めから読み返してああ、この人があのキャラで・・・と振り返りたくなりました。私は書名からある予断をもって読み進みましたが、それでも十分に引きこまれました。当事者でなければ書けないような描写で叙述されています。それは作者が当事者家族でもあるからです。疾病と回復の物語です。今映画化が進んでいるそうです。話が進むにしたがって頭の中に映像が動きだしてきて惹きこまれます。ゲーム世代ならなおさらと思います。

  • 長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日

    長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日
    タイトルの「いきたひ」は、書影で見られるように本当は生と死が合体した造字で、著者が考案したものです。「生きたい」「生きた日」と読めます。生に切れ目なく死が続いていることも読み取れます。著者は同名の映画を自主制作されました。悪性リンパ腫で40代の若さで亡くなったご主人の希望でなくなる前の家族の看取りの様子を映画に撮られました。ご自宅の畳の上で亡くなられた後、4人の子どもさんと著者は朝まで添い寝をされます。その映像を中心に、後から「畳の上での看取り」「腕の中に抱えた看取り」「看取りができなかった死に向き合う」方々のインタビューなどで構成されています。死を恐れるあまり、私たちは自分の死も家族の死も本気で真剣に向き合ってこなかったなあと思います。この映画に触れ感動した人々が全国で上映会をされています。看護や医学を学ぶ人達の学校でも上映されています。私は、看取りを専門にする看護師さんから紹介されて映画を見、この本も読みました。本気で向き合わなければならない死が私の周りにもあります。ゆっくり考えています。

  • 藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

    藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの
    2016年の相模原殺傷事件の後、衝撃を受けながらも、黙ってはいられないと、障害について深くかかわっていらっしゃる6人プラス4人の方による、深い思考と問いかけの本です。タイトルの「生きたかった」から、犯人の投げかけた差別思想に対抗する書物であることが伝わってきます。6人の執筆者は、編者の4人の他に、盲聾重複障害の東大教授福島智さんと精神科医の香山リカさんです。他に、当事者・家族・支援者の立場の方4名も思いを綴られています。福島さんが述べていらっしゃるように、今は、障害の有無にかかわらず、誰もが生きづらく感じている現代日本の社会です。今回のこの事件を自分の問題として考え続ける努力を積み重ねていきたいです。自分には無縁と思っていた優生思想とヘイトクライムのその芽が自分の中に存在しないかどうか?自己点検の目も必要です。

  • 手嶋 ひろ美: 笑われたくない! (文研ブックランド)
    主人公結花は脳性まひのある小学4年生。不自由な体を笑われたくないといつも思っています。ところがお楽しみ会の出しもので結花たちの班は、二人羽織をすることになったのです。班の男子はわざと変な食べ方をして、みんなに笑ってもらいたい。結花は一生懸命、羽織の後ろの小雪と練習して、上手に食べるところを見せたい。心の中で「笑われること」にとても抵抗があるのです。 脳性まひの人の体の不自由さからくる心の苦しさ、社会の側のバリア、周囲の無理解などが結花の視点から丁寧に描かれています。私自身も今だに笑われたくないと思うことがあります。障害があってもなくても、人と違う自分を受け入れると、笑われることなどどうでも良くなるように思いました。大切なのは自分がどう生きるかということですね。著者自身も脳性まひのある人で、車いすの自分をじろじろ見る人には、自分からにっこり笑ってみるそうです。