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カテゴリー「心と体」の14件の記事

2019年8月24日 (土)

8月24日の易経からのメッセージ【風地観ふうちかん・九五(5爻の陽)】国の光を観る時。人生を振り返ってみる時。人からも見られる立場。いろいろ足りないことがあっても、孚があれば咎めは受けません。日々進化。

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信州のコスモス(秋桜)もう秋ですね。

昨日は修験道のお坊さんと漢方のお医者さんのお話を聞きました。「氣」で山に登る。氣で脈を探るそうです。いろいろ、刺激されました。いつか書けるとよいです。と書きましたが、今日の得卦=メッセージを真っ正面から受けるなら、「我が生を観る」、きちんと書きたいなあと思います。

学会参加で群馬まで来ているので、午前中のプログラムをパスして、これから榛名神社にお参りに行きます。そういう時に、ちょうど良い卦爻をいただきました。

8月は原爆忌あり、終戦の日あり。戦争と平和を考える時ですが、いつも追いまくられているこの生き方では、ゆっくり深く考える時間を持てないできました。今は、障害に関することで、日々逐われています。本気が試されているという思いがあります。

 

付け刃でないものの見方をしなさい。人生を振り返り、更なる生を作っていきなさいというメッセージをいただきました。それが今、必要なことのようです。

 

今日の得卦【風地観・5爻】

 

卦辞 観は盥(てあらい)て、薦めず。孚(まこと)有りて、顒若(ぎょうじゃく)たり。

 

爻辞 我が生を観る。君子たれば咎めなし。

 

盥は、字を見たらわかるとおり、臼(両手)+水+皿で、両手に水をかけて下に器を置いて水を受ける様を表しています。こうやって手を洗うのは?そうです。神社におまいりするときですよね。ここでもそういう意味です。神前におまいりするときのように手を洗い清めますが、お供物を薦めたりしない。薦は、形を整えたお供物のこと。

 

観の時は、誠の心があり、厳かな(顒若ぎょうじゃくたり)な様子です。

 

心を清らかにしていても、人には薦めず自らの思いを深く見ていく時なのです。

 

今日の5爻は君主の位置。下からみられる立場です。ですから、いつでも、自ら振り返り自ら生を作っていくことが求められます。つまり君子たることを求められています。易経からのご注意は、そうであれば咎めなしです。

 

自分で自分の道を作っていく。お手本はありません。人生を広く深く洞察しながら、迷いを捨ててその位置にふさわしい生を生きてください。「咎めなし」とは、実は言外に注意しなさいというメッセージが含まれています。

 

流れるままに、気ままにというのではちょっと心配です。

 

易経を読み解くうちに、斜に構えた心理が行為を鈍らせ感情を濁らせているのではないか?反転して、濁った感情を正当化しているのではないかとも思うようになりました。公明正大、元亨利貞の澄み切った心境を求めていくのもよいのかもと…。

 

今日は軽々しく物を言ったり、したりしないで、人には薦めないで、というコンセプトですから、静かに自分の人生を観てください。

 

少し間をおいて孚の字義通り、思いを温めてみましょう。

 

それでは、今日も一日、好い日でありますように。

 

くんぷう

2018年10月30日 (火)

柚子のフルーツポマンダー


日曜日に柚子のポプリをつくりました。ハーブ農園をやっている地元の友人が講師です。

これは、フルーツポマンダーです。殺菌、消臭作用があることから中世の西洋では魔除けにも用いられていたとのこと。ポマンダーは、香り玉というような意味だそうです。柚子の香りに包まれて、ポマンダーをつくるのは至福の時間でした。

リボンがかかった茶色いボールが出来上がりです。写真は去年作ったものです。

今年のものはまだ生で、スパイスにまみれています。

写真のは、すっかり乾燥して小さくなっています。茶色いのは、スパイスの色です。クローブ(丁字の花蕾を乾燥させた香辛料)を刺した柚子にシナモンやカルダモンなどを調合したスパイスをまぶします。一か月ほど乾燥させてリボンをかければできあがり。柚子の香りとスパイスの香りが相まって、とても心が癒されますよ。丁字を刺すのは単純な繰り返し作業です。これも副交感神経を優位にして穏やかな気分にいざなってくれます。

よかったら、いかがですか?

2017年7月23日 (日)

エッセイー迷い道、探り道

1年前の相模原殺傷事件、あの日が近づいてきました。新聞報道では、色々な方のインタビューなどが載っています。私が気になるのは、なくなられた方がどなただったのか?どんな人生だったのか?ということです。いつだったか、NHKの放送でスケッチでその人らしさを表現していて、心が揺さぶられました。一人一人の死を悼みたいのです。名前のない死ということがとても切ないです。

「重い知恵遅れのある・・・」と表現される方の頭の中、脳の活動を外から見てもわかりません。その人が言葉を用いられなくても日々の表情で、深い人間的な生を生きているということが十分に推測できることもあるでしょう。私は、障害について描かれた子どもの本を良く読みますので、そういう方の内面のエネルギーや力強さ、魂の純真さを読み取ることが多いです。

重い行動障害があって・・・、と表現される方が何もわからない状態で行動障害を起こしているとも思えません。命いっぱいのストレス対処の表現や抗議の表現かもしれません。

その方の周りの家族や介護者も決してネガティブな思いだけではないということも、本当は分かるはずです。どれだけ、お互いに大切に思いあっているか、絆が深いかということも。

犯人の青年は、言葉にならない思いを読み取ることがとても苦手な人だったのかな?と思います。

犯人を許すことはできないですが、彼もまた、現代日本の犠牲者と思います。どんなにか、自分の人生を肯定できなくて苦しみ続けてきたことかと思います。生きている値打ちがないと、どれほど自分を責めてきたことか?

世界中で今、ひどい事態が進行しているように思います。加速をつけて!真実も真理もいらない。ポスト・トルースの時代。

世界中が、お金を稼ぐ一部の人の奴隷です。金を稼がなければ生きている値打ちがない。その価値観が犯人です。力のあるものが自由に力を振るってよいという価値観も犯人です。

話は、あちらこちらに飛びますが、昨日の毎日新聞で、「身体拘束を考える」というコラムを読みました。ニュージーランド人のケリーさんという方は来日後、九州の小中学校で英語を教えていたけど、関東地方に来た際に持病の双極性障害が悪化して、措置入院(自傷他害の恐れがあるとして自治体が強制入院させる措置)となり、すぐに両手両足、腰をベッドに拘束され、10日後になくなられたそうです。体を長時間動かせなかったことで血栓ができて肺塞栓症(エコノミー症候群)になった可能性が高いそうです。

言葉の通じない異国の精神病院で長時間の身体拘束、その間の苦痛を思うと、やるせないです。

施設や病院に長期に居ることをできるだけ減らして、身体拘束もやめて、街中で一緒に暮らす社会の実現を願ってやみません。そのために必要なお金は、社会が合意すれば、十分に賄えるはずの現代と思うのですが・・・。また、それができる社会の方が結局は誰にとっても住みよい社会となるはずですが・・・。

今日のメッセージの前に少し思いを書こうとして、長分になってしまいました。

易経からのメッセ―ジと分けますね。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

くんぷう

2015年1月 4日 (日)

認知行動カウンセリング研究会、NPO認定へ。山地剥→水山蹇→水雷屯!!!

このブログでも、何度も言及してきました認知行動カウンセリング研究会について、昨日、易を立てました。こんなこともあろうか?!とその内容をご紹介します。驚きの難卦の連続でした!!

古くからの読者の皆様はご存知ですが、ブログ、カウンセリングルーム、認知行動カウンセリング研究会はほとんど同時に発足しています。正規雇用の退職後、認定カウンセラーの資格を得て、新たな人生を歩き始めたとき何もない荒野の向こうに見つめていた、幻のような道でした。無事に続けてこられたことに深い感慨があります。かすかながら小路ができてきたことを思えば、道(タオ)への感謝に身が包まれます。

・・・そうです。昨夜はこの感謝が無くて、義務感いっぱいで易を立てたのでした。

その結果。

Q(占的)「NPOそれいゆ(略称)」はいかがでしょうか?

A(得卦)「山地剥・初爻」足元から崩れる。山崩れの卦。

Q「それでは、私はどうすれば良いですか?

A「水山蹇・5爻」大いに蹇(ゆきなや)む。朋あり。・・・たしかに仲間はいますが・・・

Q「助成金のテーマは何を?」NPO活動のための助成金申請期限が迫っていて、緊急の文書仕事となっているので。

A「水雷屯・5爻」生みの苦しみ。その膏(めぐみ)を屯(とどこおら)す。小貞吉。大貞凶。

・・・・以上のような結果でした。娘とホームページの件で喧嘩して、やる気が落ちているところにこの難卦の連続・・・

すっかりやる気をなくしていました・・・と言うより、やる気がない状態で易を立てました。

今日、日常生活に使う易では、天雷无妄・5爻をいただいて、認知再構成はすらすらと進みました。まずは天の道を信じて、できることをやっていけばよいのです。「薬無くしして喜び有り」ですから、助成金がなくてもできる範囲のことで十分な結果になることと思います。

ところで、易は「初筮は告ぐ。再三すれば涜(けがれる)」ものです。同じ内容、目的で易を立てなおすのは良くないです。ですから、三度も易を立てても、その目的は違っています。

初筮の結果は今も有効です。たぶんずっと。このNPOを【山地剥】の結果に晒らさないためには、小人の勢いを削いで、貞を滅ぼさない努力をしなければなりません。自分自身の中の小人性を払しょくする努力も必要。

書く努力も必要でしょう。さて、鉢巻きを巻き直して、これから助成金申請の文書作りをします。今日は无妄ですから、なんとかなるでしょう。

くんぷう

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2010年5月 4日 (火)

認知行動療法レッスン・・・その2 自動思考とは?

以前に認知行動療法での、ストレス場面で人がする反応を四つの機能からみていくやり方を紹介しましたが、良くわかっていただくようには書けていないなあ、と反省があります。

どのようにすれば、わかりやすく説明できるのか?考え続けています。

ときどき、自分のことを例にして、書いてみたいと思います。

ストレスというのは、外界から生体に向けての圧力ととらえてください。

結婚するのでも、昇進でも、引っ越しでもストレスです。

小さなストレスなら、生きている限りいつでもどこでも、身の周りに起こっています。

老後の暮らし向きでも、晩のおかずを考えることでも、自分の中で「いやだなあ。」と思い、「やっていけるのかしら?」と不安や心配を覚えていれば大きなストレスになっているのかもしれません。

反対に「ケセラセラ、明日は明日」、「お料理大好き」と思えば、大したことではないのです。

新入社員や、新入生の方々にとって、今は楽しい連休ですが、そろそろ「ああ、もうすぐ休みも終わり。また行くのか?いやだなあ。忙しい思いに耐えられるかなあ。耐えられそうもないかも。」などと考え始めていらっしゃる方もおいでになることでしょう。

そこが、「また、行くのか。いやだなあ。でもまあ、ぼちぼちやるか。なんとかなるだろう。」と切り替えれば、少し楽になりそうですよね。連休明けで学校や会社行くのは誰しもいやなものですから。

「いやなのは、自分だけじゃない。」と思うだけでも、いいかもです。自然の反応ですから。

「さあ、休みが明けるぞ。ばりばり働くぞ。」「どんどん勉強するぞ。」そんな人の方が少数派に思えます。

抑うつ傾向の方は、ご自分の中の「いやだなあ。」に重きを置きすぎて、「自分には、耐えられない。」と、認知が耐えられない方へ偏りがちです。

でも耐えられない→休養→回復という筋道もありますから、そういう考え方が一概に悪いとも言い切れません。生体がより大きなダメージを受けない方に持って行くのが肝要です。

「耐えられない。」そう考えれば考えるほど、ストレスが強く感じられ、マイナスの感情が浮かび、行動に影響し、体にも反応がでる。

認知行動療法では、1、認知(思考・イメージ) 2、感情・気分 3、行動 4、身体

の4つの機能が互いに繋がりあって、起こっているととらえます。

その中で、感情と身体は、思考と行動の反映であって意識して変えられるものではない。でも、考え方と行動は意識して変えられる。

だから、ストレスフルな考え方が習慣になっていて、自分を苦しめているようだったら、そこを見ていって、気づいて、もっと楽な考え方も取り入れようとするのが認知療法です。

認知だけ見ていても、無意識下のことであったり、「思わず」ぱっと反応していたりで、慣れるまでは何を考えていたのか、自分自身でもよくわかりません。

行動や感情に先に気づくことも多いです。なぜなら、私たちは生きていく上で、今までに自分なりのスタイルを作ってきました。その多くは習慣ですから、説明不要な形で、瞬間に思い、感じ、反応して行動し、体に変化を来しているのです。

瞬間に思い、感じているところを引っ張り出そうとするのが、「自動思考を捕まえる」レッスンです。

慣れてきたら、ちょっとした気分の変化や体の感じでわかってきます。「あ、また。」と思うようなところに隠されています。繰り返される怒りや失敗に気をつけていましょう。

例1 信号の青のランプが点滅すると、走り出します。

「急げ。」と自動的に思ったはずですが、普通その考えさえも頭の中に浮かんでは来ません。

ましてや、その背景にある「赤になったら渡れない。命があぶない。」というスキーマ(自分を形作っている枠組みになるような信念)などちらりとも浮かびません。

例2 子どもの科学読み物の絵本(蝶の観察)を読んでいた。葉っぱの裏にぎっしりと産み付けられた卵の写真。その殻を食い破って、ぞろぞろと這い出る毛虫の赤ちゃんの写真。半端でない数!その場面を見て、「ギャッ。」思わず本を投げ出した。

このときの自動思考は「気持ち悪い。この場面を見るのは耐えられない」ですが、実際には見た瞬間にはもう、本を放り出していますから、考えた事さえ捕まえられないのです。

似たような反応は、ゴキブリさんとの遭遇でもあります。瞬間に何か掴んで潰そうとしている。

例1の場合は、ほんとに命に関わる状況なら、走って当然ですし、まだ余裕があるなら、走る必要もないことですから、一瞬まてば、状況判断ができます。チカチカを見たら即、走るのではなく、別の行動がとれるようになったらしめたものです。

いまじゃあ、もうのんびりしすぎていて、逆にやばいかも。

例2は、認知行動療法を学び始めてすぐに私に起こった出来事ですが、本を投げた後、

「待てよ。今何か考えたはずだ。」と自動思考探しをした後、「見るに耐えない。」という認知に気が付きました。「気持ち悪くても、見ることはできるはずだ。」と考え直して、実際にその本を読みなおしました。(気持ち悪さは消えてはいませんが)読み通せてよかったです。感動の蝶の観察記録でした。

このところの私を支配している自動思考は、どうやら「もうちょっといいだろう。」ということかなと、思います。

そう考えた現場を捕まえれば、「もう駄目だ。」と自分を抑えて、切り上げさせることができそうですが

・・・、ここでいったん、中断。「もう駄目」に随って洗濯もの干して来ます。

考え考え書いていて、でも頭の片隅で洗濯機の音が止まったの聞いていたのですね。

「もう、書くの止めなくちゃあ。」「もうちょっと、いいだろう。」そんな自動思考が起こっているのに、改めて気が付くわけです。

・・・家事を一通りして、食事もして、復帰しました。

今日は、自動思考を捕まえるレッスンでしたね。

・・・

たとえば、パチンコであまり当たらず、予定よりも早くお金が無くなった。そこでカードを持っていたら「もうちょっといいだろう。」が出てきて、貯金をおろしてしまう。

パチンコやアルコールなど、依存症に近い方が、こういう「もうちょっとだけいいだろう。」から離脱するのは、かなり難しいです。

どんなに、認知を作り変えても、「もうちょっといいは、ちょっとでも駄目のとき。」などと認知を変えるだけでは、難しいです。なぜなら脳内麻薬とともに、衝動性が強く引き起こされていますから。その衝動にあらがうのは、よほどのことが必要です。

だから、認知を変えるよりは、行動を変えた方がよい。

パチンコに行く時、財布もカードも持って行かないというやり方もありますね。決めた紙幣だけ握って。まだチンジャラジャラの音がしてないし、バックミュージックも聞こえていないので自宅の外出準備でなら、多少抑えた行動がとれるかもです。

でも、基本は近づかないに越したことはない。自動思考は「ちょっとだけいいだろう。」でも、スキーマ(信念)として、「私はパチンコの誘惑には勝てない。」「パチンコを止めるぐらいなら死んだ方がまし。」ということがあるかもしれません(恐ろしいことです)。

あと、行動療法的に言うなら、恐れていることに身をさらして、何にもしない=反応妨害法というのがあります。

パチンコを三千円擦った後、カードを握りしめてATMの前に立つ。そこで自分の衝動をじっと観察して、お金を下ろしたくなる気持ちをモニタリングする。でも行動は何もしない(カードは差し込まない)。

今、下ろしたい気持ち100%・・・1分後・・・80%・・・2分後・・60%・・・

・・・下ろしたい気持ちが消えたら、パチンコ屋を立ち去る。

とても上手な方は、三千円というお金の限界とともに、3時間という時間の限界も必要かもです。(私のブログ書きも、そのようなタイムプレッシャーが必要と思っています。)

三千円なんて寝ぼけたこと言うな!と叱られるかもです。聞くところによると、一回の費用は万単位だそうですから・・・。

理論上はそうやって、上手にパチンコ止めるのは可能ですが、難しいでしょうねえ、今そこで音がしている状況では。となりにサポーターがいればできるかもです。こういうことをやっていくのが認知行動療法です。

アルコール依存症の克服と同じく、「自分はアルコール(パチンコ)には勝てない。だから飲まない(打たない)。」

「飲まない(打たない)。」と決めたらいっさい飲まない(打たない)。そういうやり方が一番です。

「ちょっとだけいいだろう。」という自動思考が起これば、「ちょっとも駄目」と切り替えるしかありません。

こういう風に書いている私は1000円以上のパチンコしたことが有りませんので、人さまから聞いた話での類推です。あまりお役には立てないですね。m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

そういえば、わたしはビール大好きで、もしかしたら「アルコール止められないかも?」と疑っていました。

お酒の上での失敗は若い頃はともかく、今はありませんし、飲まなくても何日も働き続けられますし、お酒飲みたいために仕事を早く切り上げるなんてことをしたことは、一度も有りませんから、依存症ではないということは分かっているのですが、「飲みたい気持ちを抑えられないかもしれない。」という心配がありました。

仕事帰りに「ちょっと一本買って帰ろう。」と思うことがよくあり、そういう自分の行動を放置していました。三月までは。

例4、昨日の宵の話です。信州から帰ってきて、植物たちに水やりをしました。庭仕事をしながら、この後で、缶ビールを買いに行こうと、思っている。車のキーを持って外に出ました(買い物に行こう)。それでも、居ない間に伸びた雑草が気になって「ちょっとだけ。」と抜いているうちに、「ビールを買いに行こう。」という衝動は消えていました。その上「こういうときキーを失くするのよね。」という認知までもしている。

いつもは、「今日だけなら、いいだろう。」という自動思考に気がついて、「今日は駄目。今は行かない。」と意識して、頭を切り替える。そういう体験を積み重ねています。昨日は「だめ」と思うこともなく、雑草を抜くという別の行動(こっちもほとんど自動思考ですが)によって、気持ちが切り替わりました。

私程度のお酒好きはそんな感じで、認知行動療法を生活に生かしているなかで、十分対処可能ですが、依存症かと思われる方は、専門の治療を受けてください。

先ほども書きましたが、お酒の上での失敗が繰り返されている。お酒を飲む機会を積極的に求める(夕方になったら飲みたくて、仕事を早く切り上げたくなる。)手元にいつもお酒を置いている。手持無沙汰になったら、飲んでいる。などなど思い当たる方は要注意です。

四月から、そのようにして自分のお酒好きにむかっています。肝臓のデータなどとても良いので、コントロールさえできれば、「飲むときは飲む。3杯(ビール)で止める」と決めていたら、お酒は生活を豊かにしてくれる良薬と思います。3杯は多すぎ?

まあ、とにかく何についても言えることですが、自動思考「ちょっとだけ」がどのように起こるか、それに気が付くレッスンをしてみませんか?

別にお酒でなくても、ここを甘いものやら、買い物などに置き換えてもいいのですが。

楽しみにしていることは、ストレスに対してあなたを助けるサポート資源ですから、甘いものを止めたほうが良いとか、買い物をしてはいけないとかを主張したくて、この記事を書いたわけではありません。

「止めよう、止めよう」と思っていても止められないことの背景にある自分の考え方の癖に目を向けるのも面白いですよ。

そういえば、半ダイエット中の私。「おなかすいたなあ。」も自動思考的に浮かんで、台所に立てば「なんかつまもう。」と思っているようです。

何度か、意識して「おなかすいたけど、食べなくても我慢できる」と思い直している日々です。

生活習慣の数々は、たくさんの自動思考からなりたっているのですねえ。

ターゲットは、繰り返される失敗。自分を苦しめる非日常的感情です。

次回は、怒りと不安の自動思考を取り上げてみましょう。

2010年4月22日 (木)

認知行動療法レッスン・・・その1

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<img alt="Cocolog_oekaki_2010_04_22_09_45" title="Cocolog_oekaki_2010_04_22_09_45" src="http://kumpu-well.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2010/04/22/cocolog_oekaki_2010_04_22_09_45.png" border="0"  />

上にあるのは、認知行動療法で、ストレス状況を理解するパターンです。脳の4つの機能から見ていきます。

  初めに図示したのは、最近の事件から、くんぷうが想像したもの。

  次に、22日朝に、読み返して、自分のストレス状況を取り上げた方がよい

  と考えて、今さっき描いたものです。お絵かきツールを使って、書いて表示

  しているので、再現性がない。困ったもんです。今回うまく表示できませんでした。

  画面のアドレス見たいなところ、クリックすると、くんぷうのストレスの例があります。

認知行動療法をこのブログ上でわかりやすく解説するって、至難の業です。

あきらめたい。でも、また後で、夜にでも挑戦します。

昨夜、娘からメールが来ました。

「たけしの番組で、認知行動療法やってるよ。人気あるから、需要伸びるんじゃあない?(お母さんの)ホームページ、更新しようよ。」

カウンセリングルームのホームページを更新しないままに2年が過ぎました。東京都教育委員会の毎年のシステムの改編で、嘱託の立場も勤務日が増え、授業の持ち時間が倍増し、とても、カウンセリングの時間を増やすことなどできそうにない状況が、この2年間続いていました。

それをいいことに、ほうりッ放しのホームページです。

自分でも開けてみません。

このブログ読まれた方がそちらにまで、たどり着かれたらと思うと、・・・ι(´Д`υ)アセアセ。

私のページは娘が作ってくれましたので、こんなに放りっぱなしでは、ストレスたまることでしょう。もう2年間、原稿頂戴、写真頂戴の声を無視していました。

さて、たけしさんまで、認知行動療法に関心を持たれるぐらいの、トレンドなんですよね。

わたしも、もっと宣伝しても良いのでは?

街の小さなカウンセリングルームですけど。

しっかり、真面目に、認知行動療法をやっています。伊藤絵美先生のスーパービジョンを受けて3年。少しずつ、できることが多くなってきました。

ここは、カウンセリングルームの宣伝の場じゃあない!

皆様に、ご提供。認知行動療法、初めの一歩。

最近、ストレスを強く感じた事ありますか?怒ったり、不安になったり、いつもと違って、思いがけない展開の、自分の反応ありましたか?

そういうとき、くんぷうは、ムムムッ?何か変なこと考えているぞ!と思います。

ストレスが大きい時や、ストレスはそれほどなのにストレス反応(怒りや、胃の痛みやあれこれ)が大きい時などに、思わず知らず(自動思考といいます)、自分に語りかけ、自分を苦しめる言葉の数々があります。

認知行動療法では、非機能的認知といいます。自分にとって、良い働きをしない考えのことです。

結構根強い思いこみで自分を苦しめています。

「あっ、しまった!またやっちゃった!」「この人はまた!?」「なんてダメなんだろう。」

「日本の女どもは!・・・のさばり過ぎだ。(背景には、私を尊敬していないという認知有り?)」

「馬鹿なことしちゃった。あの人は、私を馬鹿だと思っているに違いない。」背景にある信念。馬鹿であってはならない。利口であるべきだ。

「わたしは、やるべきことをやっていない。人はベストを尽くすべきなのに」

「この人に、言われたくない!!!」・・背景には、・・・わたしは間違ってはいけない。スーパーであることが私の存在を担保する。・・・これはスキーマ(信念)と言われます。

「あの人に嫌われたら、もう生きてはいけない。」

「ああ、駄目だ!もう我慢できない。この女の子のスカートの中をのぞかないで済ますわけにはいかない!ボクはもう、耐えられない!」

最後に示した認知は、覗き魔といわれる痴漢さんの、頭の中を想像してみました。

ここで、肝心なのは、「我慢できない!耐えられない!」と思うこと。「我慢しても、死ぬわけじゃあない。たった30秒すぎるのを待てば、衝動は下がる。」

と思うことができるなら、社会的に抹殺される行為を、中断できるわけです。

でも、病気な人には、ここが難しい。ここにセラピストは照準を合わせます。

・・極端な例を出しましたが、認知行動療法は、自分の頭の中の思いを、スライスして取り出して、自分を苦しめ、ストレスを増大させるだけの認知に切り込みます。

まずは、ストレス場面で、自動的に湧きおこる、自動思考を捕まえるレッスンをしましょう。

 あ、しまった。やっぱりだめだ。もう我慢が出来ない。やってられない。・・・などなど

考え方のパターン(自分の癖)が分かってきたら、もう少し、楽な考え方をみつけることもできるようになります。(認知再構成法)

いつものパターン。初めに感じた認知を否定することもありません。

何十年も、そうしてきたのは意味があってのこと。自分を今有る姿にしてくれた、自分を助けるてくれる認知でもあったのです。

くんぷうで言えば、「最善を尽くそう!」「失敗は許されない。」「弱音を吐いてはいけない。」

等々、ツッパリ人生の自動思考や信念はもう、溢れんばかり。

そうやってがんばってきたのだから、それでいいんじゃない?

実は良くないです。「非機能的」というのは、そこのところ。

最善を尽くすことって、ほとんど神の世界?ありえなーいって若いお嬢さんなら言いそう。

失敗はあって当たり前。強気で行こうとしても、周りが許さない場合も。

・・・そういう風に環境は、自分とは別の世界ですから、あなたの都合に合わせてくれません。

あんまり、自分の思い込みが強いと、いろいろ不都合なことが起こります。

  強迫性障害や、うつ病、心身症(神経性大腸炎など)や、パニック障害などの背景に

  強力に働く自動思考があると、かんがえられています。

心と体は不可分のもの。表面はよく適応していても、過剰適応で体を痛めることもあります。

ストレスいっぱいの、経済不況、デフレ下の日本。先の展望がなかなか見えませんね。

工業化社会では、人間疎外と言われましたが、情報化社会では、何と言ったら良いのでしょう。バーチャルな自分は自己効力感いっぱいで、何でも出来そうですが、現実の人間関係では、何もできない。できることは消費だけ。・・・そんな恐ろしい状況も生まれています。

疎外と言うよりは、分裂。または乖離。どれが本当の自分やら、自分でもわからない。

こんな社会に身を置いて、健康的に暮らそうなんて、土台無理かもですが・・・自衛の手段を探そう。

自分の脳内でささやいている言葉が、自分を切りつけてくるのですから・・・怖い怖い。

で、まず手始めに、

ストレス状況で、自分は何をささやいているのか。自分の認知を探ってみましょう。

慣れてきたら、すぐに掴めるようになりますが、初めはなかなか難しいです。

そこで、そのとき、1、どう思って(どうイメージして)・・・認知

           2、どう感じていて、その感情はどの程度?・・・感情・気分

           3、どんな行動をして、(言ったりしたりしたこと)・・・行動

           4、どんな体の状態だったか?・・・・・身体

と、四つの脳の機能から、見ていきます。この中の2と4は、自律的に変えることはできません。反応として現れてくるものです。

1、と2、(認知=考え方と、行動)は意図的に、変更可能です。

現代生活をおくる私達は、考えてみると、草原の動物のように危険に身をさらしているわけではないのですが、

いったん、「あぶないぞ」のアラームが点灯すると、交感神経ビンビンで、アドレナリン出まくり…結果的に生活の質を落とします。だって、ライオンから逃げるための疾走をそんなに長く続けていられません。

一日中、全力疾走で走っていたら、疲れすぎてしまい、あちこちに不具合が起こるのも当たり前のことです。

「この悪循環を断ち切るには」・・・→不要不急に鳴り続けるアラームのスイッチを切ることができれば、ずいぶん楽になります。

・・・テレビ番組に戻すと、どうも「たけしさん」の番組では、認知行動療法だけでなく、論理療法も紹介されていたようです。(ネット情報をちょっと調べてみました)

じぶんの非論理的思考に反駁するために、証拠は?と迫るせまるやりかたです。

これも使いがってはよいですが、わたしは、四つのファンクションから迫る、認知行動療法の方が切れ味が鋭いと思います。感情や体の様子に、いつも注意を払っていられるようになると、それだけで、ずいぶん自己を知ることになります。

それだけ、私たちは、ほとんど無意識で、考えようとしないで考え、思ってもいないのに思い、いつの間にやら感情に持っていかれて、体を痛めているのです。

今すぐは、無理に反駁しないでいいですから、ストレス場面で、自分はどういう言葉を自分にささやいているのか?を見つけてみましょう。

そのとき、どんな感情が湧きおこり、それはどの程度の強さで、その後どう行動したのか?

体の感じはどうだったか?

と、自分をスライスする癖をつけてみてはいかがでしょう?冒頭に挙げた、例をみてください。

立ち止まって、考えるだけで、(無意識に)持って行かれなくなりますよ。これを徹底していけば、マインドフルネスの生活となって、豊かに暮らせそうと・・・いつも詰め込んで焦りまくりのくんぷうは、考えています。

焦ることは、ちっとも治りませんが、立ち直りが早くなった。ダメージが少ない。悪循環に陥ることがなくなりました。

  言葉を変えれば、能天気なだけですが。

2010年4月14日 (水)

コーチング・・・書いてみよう10年計画・三角シート・・・大切なのは頂上。今日何するか?

昨日、書きかけた、チャレンジシートを公開します。

もともとは、テレビでアンジェラ・アキさんの元上司の方が、提示してくださったものですけど、公開されたもので、ここは有料ページでもないので、載せても大丈夫でしょう。

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この、三角形の一番大切なポイントは10年後に向けて、今日なにするかです。

6ヶ月後から2年後の目標にどうつなげていくのか、と有機的に考えて、今日も1ステップ実行する。それが大切。

いきあたりばったりではない。

たとえば、資格を取ろうとしているとするなら、その資格は10年後にどういう自分でいるため?と考えると、つながりが生まれ、大きく考えることができます。

ちょっと、考え方の実験。非現実的な目的を10年後に置いたとします。

例えば、テレビでお笑いタレントとして活躍している。もしも、このくんぷうがそんな目標をもったとして(´,_ゝ`)プッ。そのために、2年後はどうなっていたらよい?

・どこかのオーディションを受けている?どこかの劇団に所属して、老人タレントとしての芸を磨く。芸がないがあきらめない。

・クラウン(道化役のこと)のワークショップに参加して自分なりの動きを研究。・・・そういえばそういうことやったことありました。赤鼻をつけると、なぜかヘンシーンできます。道化の自分も快い。

・サーカスの下働きに雇ってもらう。

・オリジナルな笑いを生み出すことはとても無理。でも、コピーならできそう。せっせと落語や漫才のビデオを見まくり、真似をする。

・・・・こう、書いてくると、なにやら実現可能かもと思ってしまいます(マサカネ┐(´-`)┌)

自分から、もっとも遠い目標でさえ、こうなんですから、本当に心の底から願っている事なら、たいていの書きだした目標に近づくことは不可能ではないような、気がしてきました。

人は到底不可能なことは、選ばないもの。・・・北島選手みたいになりたいとか、宇宙飛行士になりたいとか、くんぷうの脳裏には浮かびません。

でも、可能なら宇宙遊泳はしてみたいけど。老人代表で、100歳になったら手を上げようかしら。そう考えたら、100まで元気でいるために、今日すること、気功の鍛錬!と、ちゃんと繋がるじゃありませんこと!

また、自分の脳が気持ち良いと感じないことも選ばないもの。

だから、わたしや、あなたが、選んだ達成目標は、持続する意思があり、スモール・ステップで登って行くなら、登ることができない山ではないんだなあ!

と、記事書きながら、感動している、単純バカくんぷうです。

ひとつやってみましょうよ。

おもしろそう。

くんぷうが閑になって、まずしたことは

片付けと、気功の練習と、ブログ書きの時間を増やすこと、チャロ2のインターネット登録。カウンセリング関係の資格に関して、調べ物、問い合わせ。

子どもの本の研究会で請け負っている仕事、人との連絡あれこれ。

こんな、小さなことですが、・・・これを

壮大な10年計画につなげてみるなら・・・愉快なことになりそう・・・と夢を見ています。

2010年1月27日 (水)

再度の、ご案内。伊藤絵美先生による、認知行動療法セミナーにどうぞ。

                セミナーのご案内 

2月14日(日) 場所 飯田橋セントラルプラザ10階A室

         時間  10:00~12:00

伊藤絵美先生によるセミナー 

      日常生活への認知行動療法の生かし方」

費用 2000円 (会場で申し受けます)

主催 認知行動カウンセリング研究会

申し込み先  kumpu-do@mbr.nifty.com

定員 40名 定員になり次第、締め切ります。お早めにお申し出ください。(残席わずかです)

こんばんは。再度のご案内です。

昼間の仕事の後、このところ毎日、セミナー関連の仕事で、夜遅くまで、手紙書いたり、あれこれしています。

でも、窮屈感はなく、面白さを感じながら。ご縁のあるいろいろな方からのご援助が嬉しい。また、以前は人に頼み事するのが、つらいと感じることも多かったのですが、このプロジェクトすすめながら、少しずつ、お願いや頼みごとに、ナーバスでなくなって、ずうずうしくなっています。知っている限りの方々にお手紙書いています。

お返事来なくても一向に平気です。こちらが一方的にお誘いしているのですから。イベントのチラシ、500枚か1000枚に一人、お客さん来てくださればいいほうだとか聞いていますので4、50通程度ではなんということもないでしょう。

あと少し、お客さん来てほしいと願って、今夜も記事更新です。

黒字になると、うれしいです。(お金儲けのプロジェクトではなく、結構、ボランティアというか使命感で始めたのですが、あまりにエネルギー使っているので、ペイできたらいいなあ、という気持ちが湧いてきています。)

認知行動療法を知れば知るほど、生活スタイルが楽になります。セミナーにいらして直接伊藤絵美先生のお話、聞いてください。

易占いしているからかもしれないですから、そこは実は微妙な味わい。

それでは、また明日。

2010年1月22日 (金)

伊藤絵美先生による認知行動療法セミナーのご案内

        セミナーのご案内 

2月14日(日) 場所 飯田橋セントラルプラザ10階A室

         時間  10:00~12:00

伊藤絵美先生によるセミナー 

      日常生活への認知行動療法の生かし方」

費用 2000円 (会場で申し受けます)

主催 認知行動カウンセリング研究会

申し込み先  定員 40名 定員になり次第、締め切ります。お早めにお申し出ください。(残席わずかです)

満員御礼。盛況のうちに終えました。

またの機会にぜひご参加ください。

こんばんは。突然ですが、セミナーのご案内をさせてください。

易占いとは、真逆の方向にある認知行動療法をも、くんぷうは学んでいます。

カウンセリングでも、クライエントさんの状況に合わせて、認知行動療法の考え方を取り入れています。

偶然性に支配された易の世界。方や科学的でエビデンス(治ることの証拠・追跡可能な証拠)を重視する認知行動療法。

どちらも、私の頭の中では、「認知・考え方」の幅を広げる大切なツールと思えます。

易経の言葉は、孔子様をはじめ素晴らしい学者や聖人たちが、何千年間紡ぎだし、継ぎ足し、積み重ねてきた、鍛えられた哲学であり、自然観、宇宙観であり、身近には、処世、経世の知恵です。

一人の人間では到底、考え及ばない叡智をたたえています。状況に対して、認知を変容するチャンスを与えてくれます。

私は、易経の言葉を知ってから、ずいぶん柔軟に生きられるようになったなったなあ、と思っています。

一方、認知行動療法では、ストレス場面で、自分の頭にあって、自分にとっさにささやく言葉・・・自動思考といいます・・・が悪く働いて、人の生き方を窮屈にさせているととらえます。

自動思考は反射的に浮かんで「ああ、まただめだ。」「こんなことにはたえられない」「失敗してはならない」などなど、自分の心を責めてきます。その奥には、スキーマと呼ばれる人生の構え、信念が隠されていますが、それにはなかなか気が付きません。(たとえば、誰からも愛されなければならない、有能でなければならない等)

その考えやイメージが、「あせり」「不安」「恐れ」「怒り」「落ち込み」など、ストレスフルな感情や気分と結びついて、悪さをする。

そして、自分も他人も苦しめる。止めようと思っても、止められない行動をとらせる。

そういうとき、身体的にもストレス反応が出ている。胃が痛かったり、心拍数があがっていたり、汗をかいていたり、がくがくふるえたり、食欲がなくなったり、夜眠れなかったり、さまざまです。

このようなストレス場面で、感情や身体反応を意識的に変えることは難しいが、認知(考え方)と行動は、意図的に変え得る。

感情と結びついて、自分を苦しめる考え方や認知の癖を見ていって、よりストレスの少ない認知ができるよう、認知の幅を広げ、行動の変容を目指すお手伝いをするのが、認知行動療法です。

うつ病や強迫性障害に対して、投薬と同じように、治療効果があると報告されています。

薬だけに頼らない、効果のある療法であり、身につけたら、再発防止に大変役に立つといわれています。。

私たちの勉強会では、カウンセリングの技法としてだけでなく、まずは自分の生活に生かしていこう。自分も周りの人も、楽に生きられるよう、認知行動療法を勉強しながら広げていこうという活動をしています。

そこで、本題です。

1月15日付の朝日新聞でも紹介されていましたが、今この世界で、研究と実践(セラピー)のトップを走っていらっしゃる、伊藤絵美先生を講師に迎えて、「認知行動療法」セミナーを計画しています。伊藤先生はくんぷうのスーパーバイザーでいらっしゃいます。

このページを読んでいらっしゃる方で関心のある方は、どうぞご参加ください。

定員がありますので、事前に申し込んでいただくと助かります。残席が少なくなっています。

2007年5月14日 (月)

CBT(Cognitive BihaviorTherapy)認知行動療法を生活に生かす

その1、CBTとは
CBT(Cognitive BihaviorTherapy)認知行動療法を生活に生かす
ということを、私のブログの大きなテーマにしようと考えています。
折に触れ、自分の生活上の苦しみ、悩み、ストレス状況を
自分で分析し行動変容(ホンの小さなものですが・・・)を
導けた事例を紹介したいです。時には失敗例も。

関心のある方は、ホームページ http://www.kumpu-do.com/
のエッセイの方もご覧ください。

で、ブログを始めるときも、書き続けるためにも
このCBTにはずいぶんお世話になっています。
以下少し説明します。

CBTでは人の存りかたを、1、認知(考え・思い) 2、感情(うれしい・悲しい・落ち込み・怒りなど通常短い言葉で表される心の働き) 3、行動 4、身体反応の4つの機能の組み合わさった物ととらえます。

ストレス状況ではこの中の1がひきがねとなって、2で感情が大きく動いてつらい思いをしたり、3で自分にとって好ましくない行動となって現れたり、4では自分の体を痛める方向の身体反応が現れたりします。
この4つの機能は分かちがたく結びついていますが、通常全部が意識に上るとは限りません。
自動思考といって反応的に何かが思い浮かんできます。
そのなにかをはっきり意識していないことが多く、
まず初めはこの段階の自分の認知に気がつくことが、セルフヘルプの第一歩かと思います。

2の感情も「自分の気持ちなんかすぐわかるさ。」と思っていたら大間違い。
私たちは社会生活を営む上で、感情的になってはいけない。
自分の感情に正直になってはいけない。と思い込まされています。
時には、自分に対して「感じる」ことを禁止していたり、「感じた」ことをなかったことにしたりもします。

で、行動分析とともに「そのときの感情は?」と詳しく思い起こすことが大切です。
「別に。何も感じてないよ。」という人こそ、そこにおおきな感情がひそんでいたりします。

3の行動というのはしたこと、しゃべったこと、あと、見るとか聞くということも入ります。
細かい振り返りモードに入ると結構思い出せるものです。
瞬間にとっっている行動もあれば、しばらくしてからの行動もあります。

4の身体反応というのは、どきどきする・胃が痛い・汗をかく・緊張している・血の気がひくなどです。
自分の意思で起こすのではなく、自律神経系の反応として反射的に現れるものです。

この4つの機能は分かちがたく結びついていますが、2の感情と4の身体反応はなかなか変えられません。
(反射的なものですから)・・・ないわけではありません。(自律訓練法や瞑想など)

1の自分の考えや2の行動は変えようと思えば変えることができます。

で、認知行動療法というのは
ストレス状況でのストレス圧力(ストレッサー)を変えようとするのでなく
ストレスを感じたときの自分の認知や行動に気がついて、
できるだけ自分にとって負荷のすくない、機能的な(生活に役立つ)考えや行動がとれようにしていく
セラピーのことです。
うつ病などによく効き、再発がすくないことがレポートされています。

ここでは、その考え方を生活に生かしていって、より楽しく、さわやかに暮らせたらいいなあ。

と、まあ、そんな思いでページを作っていこうということの表明でした。

やっとここまでたどり着きました。長かったですね。
最後まで読んでいただけたでしょうか。


事例紹介は、また別の日に。


薫風


くんぷうさんの、ともいきブックス

  • 小林 宙: タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ

    小林 宙: タネの未来 僕が15歳でタネの会社を起業したわけ
    全国ほとんどすべての小学校1年生が、生活科でアサガオの栽培をする。ずっと以前教科が理科といっていた時代から。宙(そら)君は来年もきれいな花を咲かせようと大事に種をとっておいて、次の年に植えたのに、去年と同じような大輪の朝顔は育たなかった。とてもがっかりしてどうしてだろう?と悩んだり考えたりしたのが、15歳で「伝統野菜のタネの会社」を起業した原点だった。同じような疑問は多くの子どもが持つかもしれないが、その疑問を育てる人はあまりいない。その小さな科学のタネを育てて、タネの会社にまで育てたところに感動する。知ってるようで知らないタネの話。勝手にタネを採ってはいけない。FI(種苗会社が品種改良したものは、種苗会社の権利がある)品種の話くらいは知っていたとしても、種子法だの種苗法だのでがんじがらめの種と野菜をめぐる現実のほとんどは私たち野菜を食べる人にとって興味の外の世界。とってもレアな本である。ほとんど知らない世界だったけど、16歳の宙君が同じ年頃の仲間に語る口調で描かれているので、読みやすい。自分に関係ない世界ではないのだと分かる。宙君の会社は、「鶴鶏種苗流通プロモーション」という、これまたとても珍しい名前の会社。自分で全国を巡って伝統野菜の種を仕入れてきて販売、流通させるのが会社の使命という。読後に、「タネ」というものの持つ、本来的なふくらみに思いを馳せた。野菜のタネは過去から来て(何万年もの間をかけて品種改良し味や形を固定したものが野菜)、これから何万年もの先の未来につながる。タネは過去に属しながら、本質的に未来そのもの。アサガオやドングリの種集めに凝っていた少年が育てた大きな世界を垣間見せていただいた。とことん追究することの素晴らしさが詰まっている。

  • アンジー・トーマス: ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ (海外文学コレクション)

    アンジー・トーマス: ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ (海外文学コレクション)
    物語はギャングが跋扈するゲットー(スラム街などの貧困地区)が舞台。女子高生スターは白人の多い高校に通っている。10歳の時友達が目の前で殺された辛い体験があるから、親は郊外の学費の高い私立に転校させた。殺されることのないようにと。でも16歳の今、またしても幼馴染の大切な友達カリルが目の前で、白人警官にピストルで撃たれて死んだ。スターははじめ、目撃者だということさえ名乗れない。心の傷の痛みがひどいから。一方初めのうちは警察の言い分だけが大きく報道され、カリルは殺された上にさらに凌辱される。カリルは学校を中退して、麻薬を売っているような少年だから、警官に殺されて当然という報道に、勇気を振り絞って目撃した状況について語り始める。「カリル、わたしは決して忘れない。決して諦めない。決して口をつぐんだりしない」と物語は締めくくられる。ヤングYA世代向けの本だが、大人が読んでも深くこころに残る。表題について文中ではカリルの語りとして「パックは、Thug Life ってのは、"The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody"〈子供に植え付けた憎しみが社会に牙をむく〉の略だと言っているんだ」カリルが尊敬しているラッパーの2パックの言葉が紹介されている。そういった文化に疎いくんぷうだけど、この言葉やラッパー文化の根っこが本作を読んで少しわかった気がした。

  • 責任編集 熊谷晋一郎: 当事者研究をはじめよう (臨床心理学 増刊第11号)

    責任編集 熊谷晋一郎: 当事者研究をはじめよう (臨床心理学 増刊第11号)
    届いたばかりの雑誌を一気読みしました。 この本で取り上げられている当事者とは、アルコール依存症、薬物依存症、身体障害(難病)、発達障害、摂食障害などの環境からくる困りごとや、主体としての生きづらさを抱えている人達です。著者の多くは当事者であり、回復者であり、支援者であり、研究者であり、発言能力の高い人々です。セルフヘルプ(自助グループ)といわず「研究」ということで、自分の困りごとが外在化され、また研究は他者と共有でき、発信できるので力の回復になるのかと思います。当事者研究を身近なところで身近な仲間たちと始められるとよいですね。そのために「当事者研究をはじめよう」と呼びかけている今号です。『臨床心理学増刊』という心理学の専門雑誌が『みんなの当事者研究』『当事者研究と専門知』と特集を組み今回第3弾が最終回とのこと。3号続けて読んで、今号の読後感想は、議論されていることはもっともだけど、皆さんが知的能力の高い人達。先往く人として道を拓いていってほしいですが、そこにたどり着けない地べたを這うような人々の存在を忘れてはいけないと思いました。そのような多重の苦しみを抱えた方とカウンセリングしたり(くんぷうのカウンセリングは安いです)、幼児保育や教育の現場で出会ったり、また障害に関する本を仲間で読みあったりする中で培ったおもいです。 さて、自分自身のこと。25年前に地元でセルフヘルプグループ(自助グループ)を小人数で始めました。その時の主旨は「私のことは私が当事者」ということでした。家族や仕事の問題に悩みながらも、まずはこの自分。私自身を私が助けようということでした。もし、そこを深く掘り下げていったら、○○障害であったり、○○依存症であったりする自分や家族がいたかもしれません。当事者研究という言葉に深く惹かれるものがあるのは、そのせいなのかと思います。

  • ドリアン助川: 線量計と奥の細道

    ドリアン助川: 線量計と奥の細道
    昨年のうちに読んでいたのに、取り上げるのが遅くなりました。書こう書こうと思っているので、常に作業机の脇に置いてあるんだけど、いつも慌ただしくて丁寧に文が書けない気分なのです。 『山海記(せんがいき)』同様に紀行文学の流れを汲みながら、3・11を刻印づけて後世に残る作品になるのではと思います。2018年に出版されましたが、作者が奥の細道をたどる自転車の旅をしたのは2012年8月からです。そうです、震災の次の年。まだ原発事故の恐ろしさが人々の生活の中に生々しく残っているとき。その時に思い立って、線量計を自転車のハンドルに付けたバッグに入れて、芭蕉がたどった道を江戸から陸奥(みちのく)へ、ぐるっと回って北陸から琵琶湖、関ヶ原、桑名までの旅です。道中の歌枕や史跡の名称を一つ一つ挙げると、なにかしら懐かしく思ってしまう私たちです。芭蕉も先人たちの歌枕を追って旅しました。ドリアンさんはその芭蕉を追いかけながら、震災から1年半の道を自転車単独行で旅したのです。那須の農場で、線量を書くことが良いのかどうか悩みます。子ども達の施設の傍らに、除染したという放射能まみれの土がブルーシートにただ覆われているだけで放置されている現状に戦慄します。福島のこと、あれこれ読んだり聞いたりしてきましたけど、この本で描かれている光景の多くはしりませんでした。それは、それぞれ独自で単一の日常の生活空間の中で、旅をしながら出会っていった現実なのです。また、旅をしたのが12年、上梓されたのは18年。作中にも書かれていますが、どこそこが何マイクロシーベルトだと記すには相当のためらいがあったことでしょう。今でも風評被害が言われています。(風評どころでない生活を侵害されている被害が現実に続いています)福島に関わりたくない、もう考えたくもないという人々が多く存在している(そのように持って行かれた)こともまた現実です。出版されて、この本を手にすることができて良かったと思います。 この本はでも、放射能事故後の現実を知らせるためだけに書かれた本ではないと思います。詩人の感性がその現実の中の旅を欲していた。芭蕉だったらどう見るか、どう旅するか?そこを体験したかったのではないでしょうか? 旅の面白さ、旅で出会う人々との交流の面白さを存分に味わえます。随所で「ドリアンさん、いい人だなあ。ドリアンさんの友達いいなあ」とほっこりします。この旅を追いかけてみたいと思います。ドリアン助川は、やはり西行や芭蕉に連なる歌詠み人だなあ。

  • 佐伯 一麦: 山海記

    佐伯 一麦: 山海記
    日本一長い路線バスの旅のエッセイ?と思いきや、登場人物「彼」を主人公にした物語?かもしれない。どこまでがリアルな旅の記録なのか、どこにフィクションが挟まっているのか?私はまるで、作者が「彼」のように思え、なおかつ彼のバス旅に同行している気分で読んだ。実は大和八木から新宮に至るこのバス路線の旅に以前からあこがれていて、いつか近い将来に必ず行くと思い定めていたルートであったからでもあり、主人公の旅の動機が、東日本大震災とその年に起った紀伊半島の大水害の記憶を遡る旅でもあったからでもある。「彼」は、青年時代からの親友の死を受け入れがたく、なぜか水害が刻印されている奈良県十津川沿いの路線バスの旅に出る。あの大震災の時、仙台で被災し直接津波の影響は受けなかったものの、生活の上では大きな被災であった。日本人と災害について思考を巡らせているうちに、この路線にたどり着く。思いが旅を呼ぶというしくみは、芭蕉、西行を思い起すまでもなく、この列島に暮らすある種の人間の根っこの部分に組み込まれているようにおもう。淡々とバス停の地名とその土地の(十津川の水害、北海道への移民、天誅組、南朝などの)人々の生活や歴史と、バスに乗り合わせた乗客や運転手の動向が描かれてきた作品は、ちょうど路線の半ばにさしかかる谷瀬のつり橋でクライマックスに至る。つり橋の揺らぎの中で受け入れることができなかった友人の死を受け入れ、そして自分自身の受け入れがたい被虐待の記憶が重なってくる。…こんな紹介をしていたら、何文字かいてもこの本の真実にいたらない。作品は(バスの旅)は、唐突に中断される。きっと続きが書かれているだろうと期待している。その作品にならって、私もここで中断しよう。土地と時間と気象の深い絡まりの中で、人は生きている。書くことと旅することのなんと深い世界だろうか。

  • 木ノ戸昌幸: まともがゆれる ―常識をやめる「スウィング」の実験

    木ノ戸昌幸: まともがゆれる ―常識をやめる「スウィング」の実験
    この本は障害福祉に関する団体NPO法人「スウィング」の活動の記録であり、世に投げかけられた挑戦状でもあります。障害者と呼ばれる人たちの飾らない本音丸出しの生き方・働き方を紹介しています。「スウィング」メンバーの詩が素敵です。座談会も面白い。活動もユニークです。編著者は法人代表の若者。子供の時から、親の期待・教師の期待・自分自身の期待にがんじがらめになり、窮屈に生きてきて追い詰められてしまった著者は、22歳の時に、「大学生の不登校を考えるシンポジウム」に参加して自分自身の「生きづらさ」に正面から向かい合うようになりました。就職はしないと決めて様々な活動をする中で友人から「毎日笑えるよ」と声をかけられて「障害福祉」と呼ばれる世界に呼び込まれます。NPOとして活動を作り上げていく過程が面白い。この本を読むと、障害者と呼ばれる人たちの常識に合わせて生きることのできなさが、反転して常識に縛られない圧倒的な自由さと感じることができます。「この本のどこかしこに、散りばめられた金言、箴言、詩の言葉、はては戯言。読みながら、「え!そうなの?」と常識にひびが入り、「そうそう。そうなんだよね」と共感し、「え、そんなでいいの?それなら楽だよね」と自分も緩んでいく。そんな体験をしました。なにをくよくよ悩んで、日々を回していくのに疲れ果てているの‼「スウィング」さんの生き方を見らないましょうよと、読書中には思ったものでした。でも、読後4日目、常識の力は侮れません。まだまだ縛られていますが、作中に挟まれたたくさんの写真を思い浮かべて、私も揺れて、緩んで暮らしたいと思ったり思わなかったり。

  • 東畑 開人: 野の医者は笑う: 心の治療とは何か?

    東畑 開人: 野の医者は笑う: 心の治療とは何か?
    この本を見つけたときは、興奮しました。私と同じようなことを考えている人がいる!でもって語り口もフィールドワークの対象となっている沖縄のヒーリング&セラピー界隈の事情も面白くて一気読みしました。科学的なお墨付きを得ていない方法で癒しに関わっている人達を「野の医者」と定義して、癒しの施療を受けながら、実地調査した(どこかからの助成金で)成果物としてまとめた本です(論文もどこかにあるでしょうけど、この1冊で十分です)読み終えて心に残ったことは、野の医者は傷ついたヒーラーであるということ。当たり前の話です。医者も看護師も心理士もそういった人が多いですし、私自身もそうです。本文でも、フロイトやユングにもふれられています。そうは言いながら、経済論理が大きくありようを決めていることが述べられています。「経済的に豊かになるために開業した」と書かれている野の医者さん達ですが、ちゃんとした就職口を得るために臨床心理士になる人とどこが違うのでしょうね?沖縄のユタの癒しについては踏み込んでいません。心に残ったのは自由な発想でプリコラージュした技法の面白さです。野の医者業界の古参の人たちには、河合隼雄さんの影響が残っているという点も面白かった。 著者は臨床心理士で、大学でも教えていらっしゃいますし、東京の一等地でセラピールームを開いてもいらっしゃるようですから、私からみたら野の医者とはとても言えない方ですが、お金さえかければアクセスできるというのは野の医者業界に近い在り方かもしれません。京都大学で臨床心理学を修められた正統派セラピストです。読み終えて、この本に出合った時の興奮は冷めていました。科学的と定義することのむなしさが残っています。

  • 津田 真人: 「ポリヴェーガル理論」を読む -からだ・こころ・社会-

    津田 真人: 「ポリヴェーガル理論」を読む -からだ・こころ・社会-
    最近のニュースに接すると、個人が「自分のからだとこころと社会」につながることを失ってしまった現代社会の悲劇のように思えて、関係者どなたにも痛ましい思いが湧きます。そういった現代日本の社会にシンクロ的に「今でしょ」としてこの本が上梓されたと思います。届いたばかりの新しい本を紹介します。1年をかけて読めたらよいなあと思います。著者は社会学を研究した学究ですが、鍼灸・あんま・マッサージ師、精神保健福祉士、ゲシュタルトセラピストなど複数の顔を持つ現代随一の治療家です。副題に「こころ・からだ・社会」とあるように、からだやこころを元気にするために社会(3者性のつながり)まで視野に入れて関わることの重要性と意味を、この本でつたえてくれていると思います。まだ、〈凡例〉と〈はじめに〉しか読んでいないのですが、わくわくしています。複雑で難解な「ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論」はトラウマやストレスの治療には欠かせない手がかりを与えてくれるものとして世界中から注目されています。ストレスの「逃げるか戦うか反応」以外に第3の反応として、フリーズ反応があるということ、それをどう扱うかという視点を生物の脳の進化を背景にした神経理論として伝えてくれているのです。今、カウンセリングの中でも「フリーズ≒解離」を扱わないでは進まないケースが多いです。その難解な理論を著者がどう読み解いたのか、どう解釈してこれからの治療や社会につなげていくのか、難しいのに(聞きなれない専門用語が多い)、すらすらと読み進めて行けそうです。著者が面白がりながら、誠実に読み解いていくその頭の活動をすべて文字に起こしてくださったような本です。ワクワク感が伝染しそうで楽しみです。

  • 東山 彰良: 僕が殺した人と僕を殺した人

    東山 彰良: 僕が殺した人と僕を殺した人
    「1984年。私たちは13歳だった。」台湾を舞台にした3人の少年たちの友情と、30年後の連続殺人事件。描かれた少年たちも取り巻く大人たちも、街の風景も南国の熱風に蒸されたように熱い。この作家の書く濃密な人間関係と活気に惹かれて、私は、読む。ほとんど一気読みに近い、疾走感がたまらない。サスペンスドラマは見ないんだけど…。読者の脳内に映像が流れる。もうすっかり日本の暮らしからは失われてしまった、互いに深くかかわりあう関係性に郷愁を覚える。

  • ドリアン助川: 新宿の猫

    ドリアン助川: 新宿の猫
    僕は、色弱であることを理由に希望するマスコミや映像業・広告の業界からは「色覚異常受験不可」で門前払いをされ、アルバイトしながら食いつないでいた。テレビのバラエティ番組の構成作家に拾われて見習いとしての修業を始めたけど、世間と相いれない気持ちも出てきて落ち着かない。唯一、新宿ゴールデン街の古くて狭いバーで、ホッピーを飲みながら、「猫じゃん」というギャンブルに興じている仲間たちと、猫の家族図を描いたアルバイトの女の子夢ちゃんと過ごす時間には、ヒリヒリした気分から解放され落ち着ける。新宿という町と猫たちへの愛があふれ、夢ちゃんと僕とのエレジー。挿入詩が平易な言葉で奥深い。猫好きにはたまらない。

  • 池上 英子: 自閉症という知性 (NHK出版新書 580)

    池上 英子: 自閉症という知性 (NHK出版新書 580)
    自閉症と言う言葉で印象付けられたイメージってどんなものでしょう?コミュニケーションが苦手?感覚が過敏?こだわりがある?想像力の障害がある?そんなマイナスイメージと共に、障害があって生きづらさを抱えていて、少数派であることにつらい思いをしている人っていうような社会的弱者なイメージを持っている人も多いかと思います。この本を読むと、そんな世間一般の自閉症当事者の「かわいそうな人」イメージが、一方的な見方でしかないことに気づかされます。視覚優位な認知特性を持つ人や、聴覚や嗅覚などの感受性の強い人たちの脳内奥深くで繰り広げられる、この世界の把握の仕方、知性の発露の仕方がどんなに広くて深いか、日米の事例を通して描かれています。カウンセリングや発達支援の現場で日々に出会う大人や子どもさんの姿を思い浮かべながら読みました。日本語で書かれた本ですが、著者はニューヨーク在住の社会学者。

  • 寺澤 捷年: 和漢診療学――あたらしい漢方 (岩波新書)

    寺澤 捷年: 和漢診療学――あたらしい漢方 (岩波新書)
    西洋医学で神経内科学や中枢神経解剖学を修めた著者は、一方で若いころから身近であった漢方医学も研究してきた。アナログの漢方医学(とデジタル(心身二元論)の西洋医学を融合させた医学を「和漢診療学」という体系で実践と研究をされてきた。その集大成をこれから医学を志す若者に伝えたいとの志で編まれたこの新書。圧巻は、西洋医学では不定愁訴としてしか扱われなかった、でも患者にとっては辛い様々な症例を漢方薬で軽くして行く症例報告と最先端の脳神経科学や薬理学で裏打ちされた解説が併せて述べられているところである。糖尿病や高血圧などストレス性の数々の症状について納得がいく。読んでもよくわからないのは、漢方、処方と言う時の方、とその人の体の状態を証としてみる方証相対論という部分である。勝手に薬局に行って何とかという漢方薬を買うのではいけないな、今度漢方医にかかってみようと思い立った。明治維新に捨ててきた数々の文化的な知恵や知見の大切さが実感された。温故知新、素晴らしい哉。

  • 濱口 瑛士: 書くことと描くこと -ディスレクシアだからこそできること-

    濱口 瑛士: 書くことと描くこと -ディスレクシアだからこそできること-
    著者は、東大先端研の「異才発掘プロジェクトROCKET]第1期スカラー生。ディスレクシア(読み書き障害)であった彼にとって、学校生活はどんなにか苦しかったことでしょう。音読と漢字テストが日常風景で、できないとみんなの前で馬鹿にされる。何より本人が苦痛を感じているのに、誰もその苦痛に配慮しない。今も日本中で苦しむ人たちがいることに気づいていきたい。本書は、12歳の時に「黒板に描けなかった夢~12歳学校からはみ出した少年画家の内なる世界」を世に問うた著者の2冊目の画集。第1部「書けなくたって、よめなくたって」で描かれたディスレクシアの世界、素晴らしいです。よーく伝わります。「そうだったのか!」。第2部の作品集。癒されます。不思議な味わい。繰り返しの多い、しかし丁寧な筆致で柔らく描かれた瑛士ワールド。特別付録児童憲章をカタチに。この本は図書館の7(芸術)の棚にありました。絵本として出版して、子どもやヤングの棚に並べてほしい。

  • 安田 菜津紀: しあわせの牛乳 (ポプラ社ノンフィクション―生きかた)

    安田 菜津紀: しあわせの牛乳 (ポプラ社ノンフィクション―生きかた)
    岩手県岩泉市にある中洞(なかほら)牧場は、日本では珍しい完全放し飼いの牧場です。この飼い方を山地酪農と言うそうです。森や山の中で自然に育った(手入れはされています。芝や牧草の栽培もされていますが、農薬は使わない。肥料は牛たちの糞とそれを分解してくれる生き物たちの排泄物、落ち葉など)そこでは、牛たちは自由に歩き、遊び、食べ、寝て、水は谷川や池に来て自由に飲みます。子牛はお母さんのおっぱいが飲めます。そんな幸せな暮らしをしている牛たちの牛乳はとても美味しい。濃厚飼料を使わないのでちょっぴり乳脂肪が少ないそう。こんな夢みたいな酪農が実現したのは、中洞さんが小さいころからあこがれていた緑の山地・自然の中で牛を飼うということを実現させるための苦難と工夫があったからなのです。小学校中級から読めます。東京にいて、ここの牛乳飲めるかな?と調べてみたら通販サイトで買えるみたいです。

  • 広瀬 宏之: 発達障害支援のコツ

    広瀬 宏之: 発達障害支援のコツ
    著者は児童精神科医。本書は神奈川LD協会冬のセミナー2018「発達障害を支援するための基本の手引き」の講演録に加筆したものと、あとがきにあります。内容は専門的な最新の知見をもとに、医者やセラピストなどの治療者にも、保育や教育の支援者にも、家族や大人の当事者にもわかりやすいものとなっています。言葉の一つ一つが含蓄があって深いんです。一日1ページ、開いたところを読んで、今日のセラピーに活かしています。例えば「グレーゾーンと言う言葉」では、「グレーゾーンと言う言葉は非常に危険です。支援が必要な人はグレーゾーンではないんです」「グレーゾーンだから支援をしないで様子を見ていて不適応が嵩じていってしまうのが一番避けたいパターンです」とあります。この子(人)にどんな支援が必要なのか見抜く目を持ちたいです。

  • マイケル モーパーゴ: 希望の海へ

    マイケル モーパーゴ: 希望の海へ
    現代イギリス児童文学を代表する作家の作品。背景には、オーストラリアへの強制的な児童移民の歴史がある。第二次世界大戦後の戦災孤児アーサーは訳が分からないままに、オーストラリアに送られた。イギリスを発つ前に孤児院で姉のキティと別れる時一つの鍵を首にかけてもらったことが、自分自身が確かに生まれてきて存在していた、姉もいたという証となっている。この物語は2部仕立てで、前半はアーサーが書き残した自分史ノートの物語。オーストラリアでは、奴隷的な労働が待っていた。悲惨な生活から兄とも慕うマーティと共に逃げ出し、孤児となった野生動物を救済しているメグズおばさんに拾われた。ヨットを作る船大工の仕事をしたり、漁船に乗ったりした後、ベトナム戦争に従軍し心にダメージを受けて帰還した。病院で出会ったクレタ島からの移民を父に持つナースのジータと出会い幸せな家庭を築くまでの物語。第2部はアーサー亡き後、娘のアリー(18歳の少女)が父が作った決して沈まない小型ヨット・キティ4号に乗ってオーストラリアからイギリスまで地球半周の単独航海をする物語。父の鍵を首に幾多の困難をかいくぐりイギリスに到着し、鍵の謎とキティに出会うまでが、現代の物語らしく、メールやインターネットでの情報発信、宇宙飛行士等が登場して物語を支える。モーパーゴの物語は最後までぐいぐいひきつけながら声高ではないが、人の生き方の多様性を伝えて夢中にさせる。ヤングに読んでほしい。

  • ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)

    ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)
    この本は、2017年、ミステリー専門のエドガー賞児童図書部門を受賞しました。主人公ダニエルと共に殺人事件かもしれない謎に挑戦してワクワクしながら読み進めていけます。しかし、単純な謎解き物語ではなく、全編を覆っているのは、OCDの症状から逃れられない苦しみです。不安があると寝る前に2時間でも3時間でも儀式と呼ばれる強迫行為をしなければ就眠できないのです。ダニエルが「ザップ」と呼ぶ強迫観念が侵入してきて「○○をしろ。ダメだ。やり直せ」と命令し、ダニエルは手洗いやスイッチのオンオフ、歯磨きなどを繰り返しせざるを得ません。不合理と分かっていても止めることができません。涙を流しながら、し続ける苦悩がリアルに描かれています。作者もこの症状に苦しんだ当事者だそうです。 13歳のダニエルは、アメフトをやっているけど、とても自信がありません。蹴るだけや走るだけならできるのですが、試合でキックをする場面になるととたんに「ザップ」が襲ってくるし・・・。ある時スタメンの少年が怪我をして試合に出ざるを得なくなりました。謎解き、スポーツのヒーロー物語、異性への関心と友情が描かれ、ダニエルが密かに書き続けている「人類最後の子ども」という物語までが挿入されています。これでもかとばかりのエンターテイメント要素の投入です。作者は最後まで読んで欲しかったのですね。 OCDは、「強迫症」とも言われる病気です。子どもの有病率は2%前後とも言われています。この本の扉の裏には「OCDに向き合うあなたへ /ひとりでは見つからない希望も/助けを借りれば、かならず見つかります」と書かれています。ずっと秘密にしていたことを人に話すのには勇気がいります。OCDに苦しむ子どもにも大人にも楽しく読めて、回復への希望をもつきっかけになりそうな本です。OCDを知らない人にもこの病気について理解を深めていってほしいです。

  • エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)

    エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)
    これも少し前の児童書です。小学校上級から中学生くらいの人にお薦めですが、大人が読んでも面白いことは受け合います。カナダのある街に転校してきた車いすの少年デ―ヴィッドとバスケ好きの1学年上の少年ショーンのボーイ・ミ―ツ・ボーイの友情物語です。強がっていたデ―ヴィッドの心の奥底の寂しさと辛さに触れて、障害について思いを深めました。ショーンが車椅子体験をする場面もリアルです。

  • 京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)

    京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)
    児童書です。ロンドンパラリンピックの前に出版された古い本ですが、一連のリアルつながりで、読みました。 自動車事故で脊椎損傷を負って下半身はおろか、背筋、腹筋も使えなかったサッカーJリーガーだった選手が、車椅子バスケでスポーツ選手として復活するstoryに子ども達は勇気づけられることでしょう。「夢に向かって行動を起せば、必ず出会いがある」という素的な言葉に出会いました。

  • 井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~

    井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~
    漫画家井上雄彦と取材チームが、リオ・パラリンピックの車椅子バスケを取材しました。マンガ「リアル」の登場人物たちを絡めながら、現実の試合と選手たちの姿を1冊の本にまとめてくれています。写真が素晴らしい。そして、リアルの原画もあり、選手たちのプロフィールも語りも読みごたえがありました。2020の東京パラりンピックまでに、「リアル」復活を熱望します!