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カテゴリー「易占い」の1197件の記事

2018年8月21日 (火)

8月21日の易経からのメッセージ【兌為沢だいたく・上六(上爻の陰)】人を引き込んで悦ぶのは、そろそろやめにしたら?一人静かにいることからも悦びをえたいもの。


写真は昨日の夕陽です。鹿児島本線の福岡県北九州の辺り。枝光にあるホテルからみました。手前の広いスペースは、去年まで遊園地だったところです。八幡製鐵の盛んだったころに賑わった施設みたいです。炭鉱がしぼみ、製鉄がしぼみ、すべては歴史のかなたに押しやられるのでしょうか?

さて、子どもの本の大会ではお役目があり、朝から奮闘しました。でも、早くも午後には移動を始めて、11時を過ぎて埼玉県川口市のホテルにやっと腰を落ち着けました。九州のホテル発14:40大分空港に移動して、羽田から川口までのして来たのは、明日昼には福島南相馬でお役目がある。出なくてはと言う思いからですが、腰を痛める前に決めた強行軍です。ほんとに後悔しながらこんな無理しても誰も喜ばないゾ。どうしてこんな日程をOKしたのかと自分を責めながら腰をさすっています。

あと2分で日付が変わります。

今日の得卦【兌為沢だいたく・上爻】

卦辞 兌は亨る。貞(ただし)きに利(よろ)し。

爻辞(上爻) 引きて、兌(よろこ)ぶ。

【兌為沢】は上卦も下卦も沢の重なり。兌は悦に通じるということで、口の悦びを表しています。口というのは沢の卦が下の図のように一番上の爻が陰で口を開けているように見えるから、形が象徴しているのです。また地上の裂け目に水が流れていれば、そこが沢であるというわけで、全体がこじつけともとれますが、古来人々は相似形の中に意味を見つけてきましたから、それが悪いといえば、易経は成り立ちません。宇宙の成り立ちも、物質の構造も、人体の仕組みも、たぶん社会の仕組みも壮大な相似形と思えます。

その中にシンクロニシティ―を読み取ることが易経のリーディングというものでしょう。

さて、今日の得卦は悦び合うのはいいのですが、一番上にいて、自分が陰であることをいいことに、下の陽を引き付けて悦んでいるとみます。

しかし、隠居の位置。5爻や4爻には、やるべきことがたくさんあります。

無理に、引っ張り込んでやるのは公明正大とは言えないようですよ。

込められた意味は、隠居の位置にいること、今は陰で力が弱いことを受容して、あまり人を引きずり込まないでいなさい。悦びを求めるのは、そろそろ卒業したら?ということかなあと、思えます。

それでは、今日も一日好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月19日 (日)

8月19日の易経からのメッセージ【坤為地こんいち・六四(4爻の陰)】 受け身でいくのが良い。袋の口を固く縛って、先に立たず、後れがちに行きましょう。褒められもせず。苦にもされず。それで良い。


写真は、西予市の突先にある須崎観音と、そこからの景色。写っているのは地の大島です。ニホンカワウソの最後の生息地とされていました。
須崎は、今はその地層で、有名です。四国を走る中央構造線が海に切れ込む所で切り立った地層が露出していて、ジオパークに指定されています。

須崎観音は海難事故の犠牲者を祀る霊場です。若い頃、大きな遭難事故がありましたが、同級生らもその話は知りません。いつか、書き残したいと思っていることです。

今日はまた、船に乗り九州に向かっています。明日からの子どもの本の全国大会参加のためです。

今日は途中、宇佐神宮に立ち寄り北九州へ。
今日のメッセージ、【坤為地・4爻】
先んずれば道に迷い、、後れていくなら、主をえる。袋の口を固く縛って、穏やかに暮らせてください。褒められもせず、苦にもされず。そこそこがよい。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月17日 (金)

8月18日の易経からのメッセージ【地沢臨ちたくりん・九二(2爻の陽)】新しい目的のため 、感性をフルに使って準備してください。好い旅立ちとなるでしょう。この旅は吉。


腰の痛みを引きずりながら、予定通りの行程を歩んでいて、今日は休養日です。昨日、大分空港から別府港へ。宇和島運輸のフェリーにて四国八幡浜に渡りました。ゴ
ロゴロ寝っ転がれる客室も、運航中の海原や周りの山並の景色もみな、懐かしく見慣れたものです。何でそんな遠回りのルートをとるの?ときかれますが、ただ船に乗りたいだけなんです。
さて、今日のメッセージは、旅立ちの卦です。勝海舟が幕府船「咸臨丸」に乗り込み、アメリカに渡りました。その船の名前は、この卦爻から付けられました。当時は、易経の言葉は本当に生活に活かされていたことが分かります。
卦辞「臨は、元いに亨り、貞に利し。八月に至り凶あり。」
易で元亨利貞の四つの好い字が並んでいるのに、わざわざ八月に至りて凶あり。と注意の言葉が並んでいるのは、臨が旅立ちにのぞむためのメッセージを表すものだから、危機管理しなさいという付け加えが必要という意味でしょう。
爻辞「咸(みな)、臨む。吉にして利(よろ)しからざるなし。」咸は、みなとも読みますし、感と音が同じなので感じて臨むとも読めます。
皆が感じるところをひとつにして旅立つなら、この航海はうまくいきます。吉ですから、悪いことは起こらないでしょう。

新しい目的のため、十分に準備して今年後半にのぞみましょう。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

8月17日の易経からのメッセージ【離為火りいか・六二(2爻の陰)】柔軟に受け、自分も周りも輝く。大吉。

腰の痛みも消えないままに、予定通りの行程で、ただいま羽田空港に向かっています。

昨日の沢水困から、一夜明けて、ガラリと変わったメッセージです。【離為火・2爻】黄離、元吉。
離は離れていて、着くこと。男鹿の角が二つ並んで立派なように、今日は上下に日が並んで明るい。しかも日は中の爻が陰で、知恵をもって柔軟に受け止め対処するので、自分も周りも輝くのです。

この佳きメッセージを生かしてください。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月16日 (木)

8月16日の易経からのメッセージ【沢水困たくすいこん・九二(2爻の陽)】困難のさなかにある。せめて飲食でも楽しみたいが…。自ら行動してはダメです。やがて、チャンスは向こうから来ます。

12年も記事を書いていて、まだ過去記事の無い卦爻がありました。でも、今日のメッセージはしっかり記憶にあります。過去に何度かはいただいたことがあります。

今年も【沢水困】は結構いただいているのですが、四大難卦の一つです。あまり善い卦でもないので、更新しないことが多いのかな?それよりは、記事を書く余裕もないほどに追いつめられている時にいただく卦爻なのかと思います。
腰の痛みに背中を押されて(家に居るので)、新たな記事を作ります。

今日は水の上に沢。結構苦しい局面が続いてきたのですね。ご苦労様。

当てにしていた応援もなかなか来ないで疲れが出ていると思いますが、もうそろそろ抜け出す先が見えるころ。言い訳せずに努力するひたすらなその道は、やがては悦びをもたらしましょう。

沢は悦びの意味をもちます。

今日の得卦【沢水困たくすいこん・4爻】

卦辞 困は亨る。貞(ただし)。大人(たいじん)は吉にして、咎なし。言うことあるも信ぜられず。

爻辞(2爻) 酒食(しゅし)に困しむ。朱紱(しゅふつ=朱色のひざ掛け。諸侯の礼服に用いる)まさに来たらんとす。用いて享祀(きょうし=先祖への祀り)するに利(よろ)し。征けば凶。咎めなし。

くんぷうさんの解釈

困難のなかにいますが、通ります。正しく身を守っていればいいでしょう。あなたは大人として取り得る態度・対処をするなら、吉。咎めはありませんよ。

ただいまは、自分の言い分もありましょうが、言説をあげても信じてもらえません。不言実行でいきましょう。(沢は、口も意味します)水は困難。陥穽。自分自身が穴の中にいます。

今日はその2爻。あなたは中の位置で剛ですが、周囲や上下に陰の者=小人がいます。だから苦しいのですね。民を食べさせることもできない。何とか自分自身は酒食をとってくださいね。こういう苦しいときに自分から、局面打開とばかりに討って出るなら、凶。隠忍自重、辛抱こそ大切。そうしたなら、やがて向こうからあなたを引き上げて登用する使いが来ます。

言い訳無用で、もう少し辛抱しましょうか。こういう時に打つ手は?3千年前の知恵では、先祖をよく祭祀して、散らばった気を集めて応援してもらうことです。酒食もお供えとしての意味がありますから。

では、今日も一日好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月15日 (水)

8月15日の易経からのメッセージ【天雷无妄てんらいむもう・九五(5爻の陽)】今の病(心配ごと・悩み)は、薬はなくてもよい。やがて喜びを得るでしょう。無理せず受け入れてください。

痛み止めやら、筋肉弛緩剤やら薬をたくさん飲んでいたら、「薬なくしてなおる」という、【天雷无妄・5爻】をいただきました。今日から、痛み止めを飲むのを止めようかなと思います。

无は無の異体字です。妄はよこしまな考え。みだらなこと。妄想はよしなさい。作り事はよしなさいという教えです。

卦辞 无妄は元(おおい)に亨(とお)る。貞に利(よろ)し。それ、正にあらざれば、眚(わざわい)あり。往く所あるによろしからず。

天の下に雷が動いて、雨をもたらし万物が育成されます。つまり、自然のなすがままがよい。かえって、人為的に作り事をするなら、天は助けない。災いがあるという卦なのです。

このような卦の場合、「正しくしていれば大いに通る、と正しくなければ、災いがある。」どちらに重点を置いて受け取ればいいのでしょう?自然のまま、作り事のない状態で物事が進めば一番いいのですが、わたしたちはつい、あせっていろいろはかりごとをします。

古来、この卦は「无妄であれ。さもなければ災いが」という警告の意味を含んでいると解釈されてきました。自分の中の邪(よこしま)な部分にも目を向けたいものです。

ですが、今日はその5爻。中心の位置で陽の爻です。无妄の疾(やまい)、薬無くして、喜び有り。无妄の時の病いは薬を用いなくても回復して、喜びを得ることができます。

心配事があると、薬のような人為的な助けがほしくなります。でも今は无妄の時。自然な流れの中に身を任せてみませんか?

何か、心配事や失敗があると、何とかしたいとあせるものですが、カンフルを打って、一気に解決しようと思わず、事態を受け入れて、まずは様子をみましょう。

何もしないで、喜びありなら、こんないいことありませんね。

怪我をしてしまい、この先どうなるのか?やっていけるのか?と展開を考えるだけで、朝から憂鬱になっていました。責任のある仕事が続いているので、結構な緊張が続いています。「できるかなあ?」気分・・・。「無理せんといかんのやろ?」気分。

ないエネルギーを掻き立てようとしていました。

ですが【无妄の疾(やまい)、薬無くして、喜び有り】をいただいて認知をかえました。自分で局面をどうにかしようと思うから、疲れるのです。できるだけ自然に受け入れて。無理せず、無理せず、でいくならなんとか乗り切れそうに思います。「ごめんなさい。無理です」の練習をしようと思います。

気持ちの切り替え大切ですね。「薬無くして、喜びあり」か、いいなあ。

どんな喜びがあるかなあ?と思いつつ、やっとページの更新ができました。これも喜びの一つですね。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月11日 (土)

8月11日の易経からのメッセージ【風山漸ふうざんぜん・六二(2爻の陰)】順序よく進めてきて、少し安定した場所にいたりました。飲食を楽しみながら次に必要な手を考えましょう。吉

久しぶりの風山漸です。あせることはない。一歩一歩順序よく進めていけば、うまくまとまりますよ、とメッセージです。仕事が立て込むと焦りだす悪い癖のある私には必要なメッセージです。

さて、今日は「ゆっくり、順を追って進めていけばいいよ。」というあせるなかれのアドバイス【風山漸】です。漸進の言葉どおり、一歩進んでその2爻。水際から、磐(いわ)に移りました。

水にぬれませんし、水陸どちらにも動けます。少し落ち着くことができるでしょう。えさを見つけて、飲食を楽しむこともできます。落ち着いて周りを見る余裕を持ちたいものです。

易では漸進を、水鳥に例えて、6つの段階で表します。

初爻 水鳥は水際に進む。若鳥には危険もある。

2爻 水鳥は磐に進む。和やかに飲食ができる。

3爻 陸に進む。敵がいる。(子育てはできそうもない)

4爻 木に進む。止まり木を得る。

5爻 陵(高い丘)に進む。敵が退散する。(これから子育てできそう)

6爻 空に進む。美しい羽を儀式にかざる。

今日の得卦 【風山漸ふうざんぜん・2爻】

卦辞 漸は、女の帰(とつぐ)に吉。貞に利(よろ)し。

爻辞(2爻) 鴻(こう=みずとり・かり)、磐(いわお)に漸(すす)む。飲食衎衎(かんかん=たのしむ)たり。吉。

くんぷうさんの解釈

漸のとき、女性が順序を踏んで結婚を進めるのは、吉。貞正にしていれば良い。

各爻を説明する鴻は水鳥のことです。今日はその2爻。水鳥は岸辺の岩のところに来ました。水には、濡れませんし水にもぐって魚も探せますし、また砂浜の貝などもとることができます。安心して(落ち着いて)飲食を楽しんでください。衎は行プラス干でまっすぐ、強いさまを表します。カラッと楽しみましょう。

バタバタ暮らしていたものの、ようやく水際から離れて、飲食を楽しむ余裕が出てきたみたいです。今夜の夕食、少し豪華にしようかな?

でも、この暑さでは、さっぱりしたものがいいなあ。いつもと変わらぬ暮らしです。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月10日 (金)

8月10日の易経からのメッセージ【風地観ふうちかん・九五(5爻の陽)】自分自身の生きてきた道を振り返り、今をしっかり観想するとき。人から見られる立場も自覚しましょう。

8月は原爆忌あり、終戦記念日あり。戦争と平和を考える時ですが、いつも追いまくられているこの生き方では、ゆうくり深く考える時間を持てないできました。

付け刃でないものの見方をしなさい。人生を振り返り、更なる生を作っていきなさいというメッセージをいただきました。それが今、必要なことのようです。

今日の得卦【風地観・5爻】

卦辞 観は盥(てあらい)て、薦めず。孚(まこと)有りて、顒若(ぎょうじゃく)たり。

爻辞 我が生を観る。君子たれば咎めなし。

盥は、字を見たらわかるとおり、臼(両手)+水+皿で、両手に水をかけて下に器を置いて水を受ける様を表しています。こうやって手を洗うのは?そうです。神社におまいりするときですよね。ここでもそういう意味です。神前におまいりするときのように手を洗い清めますが、お供物を薦めたりしない。薦は、形を整えたお供物のこと。

観の時は、誠の心があり、厳かな(顒若ぎょうじゃくたり)な様子です。

心を清らかにしていても、人には薦めず自らの思いを深く見ていく時なのです。

今日の5爻は君主の位置。下からみられる立場です。ですから、いつでも、自ら振り返り自ら生を作っていくことが求められます。つまり君子たることを求められています。易経からのご注意は、そうであれば咎めなしです。

自分で自分の道を作っていく。お手本はありません。人生を広く深く洞察しながら、迷いを捨ててその位置にふさわしい生を生きてください。「咎めなし」とは、実は言外に注意しなさいというメッセージが含まれています。

流れるままに、気ままにというのではちょっと心配です。

易経を読み解くうちに、斜に構えた心理が行為を鈍らせ感情を濁らせているのではないか?反転して、濁った感情を正当化しているのではないかとも思うようになりました。公明正大、元亨利貞の澄み切った心境を求めていくのもよいのかもと…。

今日は軽々しく物を言ったり、したりしないで、人には薦めないで、というコンセプトですから、静かに自分の人生を観てください。

少し間をおいて孚の字義通り、思いを温めてみましょう。

それでは、今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2018年8月 8日 (水)

8月8日の易経からのメッセージ【山地剥さんちはく・六四(4爻の陰)】山崩れの危険あり。今のプロジェクトを立ち止まって考え直してみませんか? 既に肌身が、傷ついていて、凶。

台風接近中に、山崩れ注意の警報の卦をいただきました。皆様、くれぐれもご注意ください。実際に大水洪水や山崩れもあるかもしれませんが、ご自身のからだもひとつの山と見ると、ご体調にも用心なさってください。 私は、台風をお供にして南相馬に向かっています。今日のアクティビティはどうなるのかなあ、と心配はつきません。自身も意識もうろう、足腰フラフラで、もう、笑っちゃいます。なにやってんだろう?! 【山地剥・4爻】

初爻から、5爻まで陰で一人上爻だけが陽です。これを古代の人は地の上に山があって、安定とは見ないで、下にいる陰【小人】に上の君子が突き動かされて、今にも地崩れを起こしそうと見た訳です。爻の図象からきたイメージを重視しています。足元が危ない。でも揺らがないで、いつもに増して貞(ただしく天意を聞いて行う)をこころがけましょう。

今日の得卦【山地剥さんちはく・4爻】

卦辞 剥は往くところ有るによろしからず。

爻辞【4爻】牀(しょう=ベッド)を剥(おとす)に膚(はだ)を以てす。凶。

くんぷうさんの解釈

剥の時、往くところ(目的)があっても、進んでは良くない。今日は4爻です。安心して休めるはずの牀(しょう=ベッド)が崩れます。そして自分の膚身が傷つく。だからもう、どうしようもなく凶です。

凶と出ても、あわてず、いつもに倍して落ち着いて貞をこころがけてください。

小人の誘いには乗らないこと。自分の仕事も前に進めるよりは、立ち止まって考える日にしたほうがよさそうです

身を慎み、言語を抑え、行動をコントロールすることが大切。

からだとこころを休めましょう。

大事に至りませんようにと、祈っています。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう


2018年8月 6日 (月)

8月6日の易経からのメッセージ【乾為天けんいてん・九二(2爻の陽)】今日は、働き時。今のプロジェクトが将来の飛躍につながります。 アドパイスを求めて、吉。

また、新しい一週間が始まりました。張り切って出掛ける人ばかりではないでしょう。私もその一人です。
でも、易神さまは、その場所で働きなさいと、おっしゃっています。

見龍、田にあり。大人を見るに利あり。▶淵に潜っていた龍が、働き場所である田に姿を現しました。

上からのサポートやアドパイスも得て、力をふるってください。また、あなたが上を助けることもありそうです。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

より以前の記事一覧

くんぷうさんの、ともいきブックス

  • ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)

    ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)
    この本は、2017年、ミステリー専門のエドガー賞児童図書部門を受賞しました。主人公ダニエルと共に殺人事件かもしれない謎に挑戦してワクワクしながら読み進めていけます。しかし、単純な謎解き物語ではなく、全編を覆っているのは、OCDの症状から逃れられない苦しみです。不安があると寝る前に2時間でも3時間でも儀式と呼ばれる強迫行為をしなければ就眠できないのです。ダニエルが「ザップ」と呼ぶ強迫観念が侵入してきて「○○をしろ。ダメだ。やり直せ」と命令し、ダニエルは手洗いやスイッチのオンオフ、歯磨きなどを繰り返しせざるを得ません。不合理と分かっていても止めることができません。涙を流しながら、し続ける苦悩がリアルに描かれています。作者もこの症状に苦しんだ当事者だそうです。 13歳のダニエルは、アメフトをやっているけど、とても自信がありません。蹴るだけや走るだけならできるのですが、試合でキックをする場面になるととたんに「ザップ」が襲ってくるし・・・。ある時スタメンの少年が怪我をして試合に出ざるを得なくなりました。謎解き、スポーツのヒーロー物語、異性への関心と友情が描かれ、ダニエルが密かに書き続けている「人類最後の子ども」という物語までが挿入されています。これでもかとばかりのエンターテイメント要素の投入です。作者は最後まで読んで欲しかったのですね。 OCDは、「強迫症」とも言われる病気です。子どもの有病率は2%前後とも言われています。この本の扉の裏には「OCDに向き合うあなたへ /ひとりでは見つからない希望も/助けを借りれば、かならず見つかります」と書かれています。ずっと秘密にしていたことを人に話すのには勇気がいります。OCDに苦しむ子どもにも大人にも楽しく読めて、回復への希望をもつきっかけになりそうな本です。OCDを知らない人にもこの病気について理解を深めていってほしいです。

  • エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)

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    これも少し前の児童書です。小学校上級から中学生くらいの人にお薦めですが、大人が読んでも面白いことは受け合います。カナダのある街に転校してきた車いすの少年デ―ヴィッドとバスケ好きの1学年上の少年ショーンのボーイ・ミ―ツ・ボーイの友情物語です。強がっていたデ―ヴィッドの心の奥底の寂しさと辛さに触れて、障害について思いを深めました。ショーンが車椅子体験をする場面もリアルです。

  • 京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)

    京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)
    児童書です。ロンドンパラリンピックの前に出版された古い本ですが、一連のリアルつながりで、読みました。 自動車事故で脊椎損傷を負って下半身はおろか、背筋、腹筋も使えなかったサッカーJリーガーだった選手が、車椅子バスケでスポーツ選手として復活するstoryに子ども達は勇気づけられることでしょう。「夢に向かって行動を起せば、必ず出会いがある」という素的な言葉に出会いました。

  • 井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~

    井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~
    漫画家井上雄彦と取材チームが、リオ・パラリンピックの車椅子バスケを取材しました。マンガ「リアル」の登場人物たちを絡めながら、現実の試合と選手たちの姿を1冊の本にまとめてくれています。写真が素晴らしい。そして、リアルの原画もあり、選手たちのプロフィールも語りも読みごたえがありました。2020の東京パラりンピックまでに、「リアル」復活を熱望します!

  • 井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)

    井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)
    暮れだったか、正月だったか?テレビで車椅子バスケの選手京谷和幸さんの特集を見ました。その粘り強さと目標に取り組む熱さに感動しました。「リアル」のモデルの一人だということが知らされ、さっそくこの漫画を手に入れました。素晴らしい漫画です。劇画中の登場人物の心情と情念が本当にリアルに描かれている。単なるスポーツ根性物語ではないです。登場人物の生き方と個性が迫ってきます。障害に向き合う姿が生々しい。リアルでありながらファンタジーも含んでいて、私はプロレスラー・スコーピオン白鳥に感動しました。プロセスを知らないおばはんを感動させる井上雄彦さんの漫画の迫力!残念ながら14巻までしか描かれていません。続きが読みたい。(息子が古本屋で既刊全て見付けてくれました)。そういえばバガボンドも途中だとか。それも息子に進められ以前に読みましたっけ。スラムダンクは読んでいません。

  • フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

    フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)
    この本が出版された2013年に一度読み、今回二度目に読んで、このリストに紹介します。主人公マルセロは弁護士のお父さんと看護師のお母さんを持つ、アスペルガー障害に良く似た症状のある17歳。小学校入学以来、私立でお金がかかる障害児への支援が専門の学校パターソンに通っています。高校の最終学年を控えた夏休み、お父さんは、弁護士事務所というリアルな世界でアルバイトすることを求めます。マルセロはパターソンの農場で生まれたポニーの子馬を世話するアルバイトがしたいのですが、お父さんは強硬です。リアルな世界のアルバイトを成功裏に負えたなら最終学年までパターソンにいて良いと、交換条件を出されてしぶしぶお父さんの事務所で働くことになりました。 マルセロはオフィスの中で、衝撃的な写真に出会います。顔面の半分が削り取られている映像なのに、その子の瞳が強い思いを発して迫ってきます。直属の先輩ジャスミンと一緒にその子を探し出そうとします。ここからはミステリー仕立てですのであまり詳しくは書けません。 マルセロにとってリアルワールドとは、障害があろうとなかろうと、思春期の男性として通過しなければならない世界です。性の芽生えや、異性への関心もテーマです。一方で裁判の中で争われる正義と不正義の交錯する世界もあります。自己の実感に基づいた行動を通して世界へ関わろうとするマルセロは嘘がないという意味で最もリアルな存在かもしれません。現代アメリカが抱える貧困や差別などのリアルな現実も描かれています。 自分の思いを的確、適正な言葉で表現し、コミュニケーションに反映させたいと苦闘するマルセロが発達障害を理解する上で参考になります。私も自分の思いにぴったりした言葉を探して苦労をなさっている方々と出会っています。会話がゆっくりだから知的に劣っているわけではないのです。何も言わないからといって、何も考えていないわけでもないのです。その辺りの当事者としての在りよう(叙述)に大いに学ばされました。発達障害に関心のある方もない方も、現代アメリカ小説として「時代を映す鏡」として楽しめる作品ではないかと思います             

  • ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある

    ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある
    作者の後書きによると「アメリカの3世帯に1世帯は家族の中に精神疾患に悩まされてい」るそうです。翻訳者の金原瑞人さんは、訳者あとがきで「本文を全部読む前に読まないで」と書いてあります。上質のミステリーであり、ファンタジーも内包しています。読み終わった後、また初めから読み返してああ、この人があのキャラで・・・と振り返りたくなりました。私は書名からある予断をもって読み進みましたが、それでも十分に引きこまれました。当事者でなければ書けないような描写で叙述されています。それは作者が当事者家族でもあるからです。疾病と回復の物語です。今映画化が進んでいるそうです。話が進むにしたがって頭の中に映像が動きだしてきて惹きこまれます。ゲーム世代ならなおさらと思います。

  • 長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日

    長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日
    タイトルの「いきたひ」は、書影で見られるように本当は生と死が合体した造字で、著者が考案したものです。「生きたい」「生きた日」と読めます。生に切れ目なく死が続いていることも読み取れます。著者は同名の映画を自主制作されました。悪性リンパ腫で40代の若さで亡くなったご主人の希望でなくなる前の家族の看取りの様子を映画に撮られました。ご自宅の畳の上で亡くなられた後、4人の子どもさんと著者は朝まで添い寝をされます。その映像を中心に、後から「畳の上での看取り」「腕の中に抱えた看取り」「看取りができなかった死に向き合う」方々のインタビューなどで構成されています。死を恐れるあまり、私たちは自分の死も家族の死も本気で真剣に向き合ってこなかったなあと思います。この映画に触れ感動した人々が全国で上映会をされています。看護や医学を学ぶ人達の学校でも上映されています。私は、看取りを専門にする看護師さんから紹介されて映画を見、この本も読みました。本気で向き合わなければならない死が私の周りにもあります。ゆっくり考えています。

  • 藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

    藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの
    2016年の相模原殺傷事件の後、衝撃を受けながらも、黙ってはいられないと、障害について深くかかわっていらっしゃる6人プラス4人の方による、深い思考と問いかけの本です。タイトルの「生きたかった」から、犯人の投げかけた差別思想に対抗する書物であることが伝わってきます。6人の執筆者は、編者の4人の他に、盲聾重複障害の東大教授福島智さんと精神科医の香山リカさんです。他に、当事者・家族・支援者の立場の方4名も思いを綴られています。福島さんが述べていらっしゃるように、今は、障害の有無にかかわらず、誰もが生きづらく感じている現代日本の社会です。今回のこの事件を自分の問題として考え続ける努力を積み重ねていきたいです。自分には無縁と思っていた優生思想とヘイトクライムのその芽が自分の中に存在しないかどうか?自己点検の目も必要です。

  • 手嶋 ひろ美: 笑われたくない! (文研ブックランド)
    主人公結花は脳性まひのある小学4年生。不自由な体を笑われたくないといつも思っています。ところがお楽しみ会の出しもので結花たちの班は、二人羽織をすることになったのです。班の男子はわざと変な食べ方をして、みんなに笑ってもらいたい。結花は一生懸命、羽織の後ろの小雪と練習して、上手に食べるところを見せたい。心の中で「笑われること」にとても抵抗があるのです。 脳性まひの人の体の不自由さからくる心の苦しさ、社会の側のバリア、周囲の無理解などが結花の視点から丁寧に描かれています。私自身も今だに笑われたくないと思うことがあります。障害があってもなくても、人と違う自分を受け入れると、笑われることなどどうでも良くなるように思いました。大切なのは自分がどう生きるかということですね。著者自身も脳性まひのある人で、車いすの自分をじろじろ見る人には、自分からにっこり笑ってみるそうです。
  • アン ブース: 霧のなかの白い犬

    アン ブース: 霧のなかの白い犬
    17年度の小学校高学年の読書感想文課題図書です。主人公たちは中学生です。おばあさんの認知症と白い犬を飼い始めること、など読み始めのアイテムには、確かに小学生も関心を持つでしょうが、読み通し、内容世界に迫るには小学生にとっては難しすぎると思いました。世界の国を知り、歴史的な知識も持ち始める中学生以上に読んでほしいです。高校生でも大人でも読みごたえはあります。ネタバレになるので、おばあさんと白い犬の関係を紹介できないし、論じられないのが残念。主人公ジェシーたちはイギリスの田舎町に住んでいます。その小さな村にも移民に職を奪われたお父さん(出稼ぎにフランスへ!)や、ダウン症の村人や、学校でのいじめ、家庭の問題など、子どもが気にせずにはいられないことが満載です。ファンタジーものにどっぷりつかっている、日本のヤングにも主人公と一緒におばあさんの子ども時代を探索する旅に同伴してほしいです。イギリスやドイツの児童文学やヤングアダルト文学が障害や戦争、平和の問題を掘り下げて描いていることにいつも感心します。70年以上前の戦争の傷跡が今を生きる人間関係に影を落としていることは、日本もアジアも同じことです。ナチスの問題を自分に関わりのあることとして考えました。

  • 伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか

    伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか
    この著者の専門は美学や現代アーツです。ですが、元は生物学を目指していらっしゃったそうで、身体を論ずる視点が面白い。「目の見えない人は世界をどう見ているか?」もユニークな本でした。スポーツは基本的に身体条件が違う人が一定のルールの元で(公平さ)競うもの。目が見えないというハンディキャップがある人どのようなルールの元で、どのような身体の使い方をして、誰と協働して、思い切り競技・競争ができるのかを、現役アスリートへのインタビューを通して論じています。人間の身体の不思議、能力の果てしなさを思います。パラリンピック、是非観戦したいです。描かれている競技はブラインドサッカー、競泳、陸上、ゴールボールなど。

  • 古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)

    古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)
    男子が圧倒的に多い工業高校の中に女子ばかりのフラダンス愛好会がある。そこに入部した男子4人。リーダーは「フラダンス甲子園」での優勝を目指している。フラ本来の文化的意味を強く持つ男踊りを組み込んだフォーメーションを考え意欲満々。そればかりでなく、フラ愛好会「アーヌエヌエ・オハナ(虹のファミリー)」は慰問活動にも熱心に取り組んでいる。読み進むうちに笑顔が重要な要素であるフラダンスの魅力にはまる。高校生の人間模様はどこであろうと、多数派と少数派のぶつかり合いがあり、自分自身の中の青春の葛藤があるが、この物語の舞台は福島県。震災と原発事故を背景にした複雑な思いが描かれている。物語の転換点は仮設住宅への慰問でぶつけられた住民の言葉であるが、福島以外の中高生にどこまで伝わるか気にかかる。第63回読書感想文コンクールの課題図書となっている本書。原発発災の時はまだ小学生だった人達が今高校生である。風化の中でおためごかしの復興が叫ばれている。この本は楽しみながら読める痛快学園ものである。多くの高校生に手に取って欲しい。そして、今も故郷に帰還できない人達の困難と原発事故・放射能被災という現実を登場人物の苦しみを通して読み味わってほしい。(といっても既に現状はもっと進み、避難指示解除による国と電力会社の住民切り捨てが広がっている。仮設住宅は閉じられ、復興公営住宅への転居とまたまた新しい環境への適応を強いられている人達が多くいるが本書ではそれについては描かれていない)

  • 池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話

    池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話
    池田晶子さんと獄中死刑囚(強盗殺人犯)の往復書簡集。哲学の本は読み通すことが難しく苦労するのに、この本は短時間で読み切りました。初めは寝掛けに布団の中で睡眠薬代わりに読んでいました。中盤は、続きが読みたくて朝起き掛けに。そして、最後は事務机で姿勢を正して読みました。往復書簡は、死刑囚である睦田さんから、池田さんへのファンレターが雑誌の編集部に送られてきたことから始まりました。池田さんの著書(一連のソクラテスもの)によって、自分自身の罪と罰に向かい合い、殺した人の命の分まで「善く生きる」と決意している自分自身の死生観、今現在の哲学が述べられています。池田さんはその彼に本気で向かい合い、「甘い」としかり、罪と罰、殺すこと、死刑による死に向かい合い、もっと考えろと迫ります。池田さんの人間的な一面がよく現れていて、思わずクスリとしたりして哲学が苦手な私にも読み通す意欲を与えてくれました。二人とも理知の人で池田さんによれば良く似ているとのこと。言葉によって現象を吟味し思弁し尽くすお二人の姿を通して、いい加減な自分自身の生き方に反省が生まれます。死について考えている今だから出会った一冊です。生き方を考えるとは、死を考えることだと思います。

  • 志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)

    志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)
    物語の舞台は南相馬市小高(原発20キロ圏、旧避難指示区域)。あの日(2011年3月11日)から半月あまり、町に残っている人はほとんどいない。俺は町を離れなかった。瀕死の病人である母を今動かせば、即、死につながると案じて。母はゆっくりと衰弱していく。無人の町で、30年前の記憶が交錯する。俺の家はしがない床屋だけど、近くの八坂医院には、あこがれの転校生が住んでいた。彼女は孔雀を飼っていた。俺は孔雀のエサとして蛙を取って来る係だった。そして切ない悲劇が舞い降りる。今、無人になった医院の孔雀小屋に、黒犬が残されている。人間の避難に犬は連れて行けないから。痩せこけている犬に餌をやる。そうこうするうちに母が死に、黒犬はペットレスキューのボランティア女性に託される。巨大化した美しい羽でメスを呼び寄せる孔雀はうまく飛べないというリスクを背負う。原発は孔雀に似ていると俺は語る。止めようとしても止められない肥大化した姿。原発爆発後、半月経過した町の描写が心に残る、表題作。小高の街を歩くと彼に出会いそうな錯覚がする。もう1編「私のいない椅子」が収められている。こちらは、阿武隈山脈の海側、原発のすぐ近くに住んでいた女子高生が主人公。その反対側の地に避難、転校している。福島の高校生が、今を映した映画を創る物語。私の母は自分の両親を津波で失ったが、遺体捜索もできなかった(避難指示で)ゆえに海から離れられない。私は一人親戚のおばを頼って避難しているが、あの山の向こうを超えて、海辺に帰りたい。初め映を引き受けていたけど、声高に原発反対を叫ぶ映画に変容していく制作側(避難を受け入れる側)の高校生や支援の制作グループの主張に沿っていけずケンカして役を降りる。私はただ、自分の存在を映画を通して、今は散り散りになった友人たちに届けたいだけ。ロケで海辺の故郷に行くことが望みなだけ。映画は私とは無関係に進行し試写会が行われる。すでにそれは「わたしのいない椅子」になっている。私は義援金で買った新しい自転車で海辺の町に向かう(もちろん本当は帰れない町)。原発立地の町の女子高生の身になって、違和感なく物語の進行につき合っていけた。作者は小高で育ち、今は休校中の双葉高校を卒業した人。現在進行中の原発被災地の中側に立った物語。ホンの小さな話だけど、細部に神が宿る。あの事故がそこに住まう人々の暮らしと内面に何をもたらしたか?ドキュメントではなく文学で伝えられることは貴重なことと思う。

  • 中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉

    中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉
    著者は日本の精神科医の中でも、最も誠実に独創的に患者さんに向かい合ってこられた方だと思います。読者は、自分がお医者さんでなくても、人に向かうには、自分に向かいあい受け入れるには、どうしたらよいのか?そういった疑問を抱いて読めば、必ずヒントがもらえるようなご著書が多いです。私もずいぶん読ませていただいてきました。難しい学術書もありますが、一般書として書かれた本も奥深いのです。この本は、ご自身の子ども時の体験から今現在のいじめを受けている子どもたちに救済の言葉を紡いであります。「こころが傷つく」とはどういうことかということを、精神科医としての理解と元いじめられっ子だった体験とを合わせて子ども(小学生から高校生まで、いえ元いじめられっ子だった数々の大人にまで)にわかりやすく語りかけます。「いじめ」は「人間奴隷化」のプロセスと説明してあります。いじめの進行は、孤立化⇒無力化⇒透明化のプロセスをたどり、いつしかその場に居てもいない人になり、いじめがあっても周りに見えない状況になり、激烈ないじめが続くというその過程と構造を子どもも大人も知ってほしいです。どうしたら抜け出せるか?対策は?まずはいじめられている子の安全の確保をし、次には孤立感の解消、そして大人として、これからは決して孤立させないという保障の言葉を伝える。そのあとに、いじめられた子どもの心の傷(罪悪感、卑小感、劣等感などをふくめ)の手当てが必要です。この本を読むことは、そのための大きな手当の第一歩になることと思います。著者は60歳を過ぎて、阪神淡路大震災の傷ついた被災者に向き合う中で、自分自身の子ども時代のいじめられ体験の傷がなまなましく浮かび上がってきたと述べています。それほどに心に傷を負うことは、深く恐ろしいことなのだと改めて思いました。

  • ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)

    ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)
    ティク・ナット・ハンの本を紹介するならこの本を!と思って書架から取り出しここ2週間ばかり読んでいます。最初に出会ったマインドフルの本です。もう20年以上も前の出会いです。解脱を説く本です。物事、真理、現実とのかかわり方や見方を、ハン師が到達し体験した瞑想法を通して教え導いてくださいます。結局、いのちは一つ、すべてのものが繋がっているということを、実感をもって観相し、体験することが出きればよいのです。それが、呼吸を見ることであったり、互いの関わりを深く瞑想することであったりするのですが、勿論私はその入り口にも立ててはいません。ですけど、柔らかなかたり口ながら、うまずたゆまず努力すれば、体と心が安らぎ、やがては明晰な意識を保つことが出きるような生き方もできるかもしれないと希望を抱かせていただける本です。寝る前のぼんやり頭で読んで、身につくかどうか?心もとないですけど。

  • ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~

    ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~
    最近はマインドフルネスという言葉をあちらこちらで聞くようになりました。NHKでも、ストレス対処に一番有効というようなスタンスでドクターや心理士登場の番組の中で紹介されました(NHKスペシャル「シリーズキラーストレス」)。瞑想による心身の深い境地を「すべてに気づいている」という意味のこの英語に訳したのが、著者だったと、私は理解しています。ベトナム出身の大乗仏教のお坊さん。今は、フランスを中心に活動されています。たくさんの本があります。一冊読んで何かが分かったというような知識伝達の本ではなくて読みながら、自分自身の心身に適用していく実践の書です。でも、内容は深い。般若心経の、解説の本のようでもあります。叔母の死に際して、生と死や、自分自身の来た道還る道を考えている時、たまたま目の前の机の上にあり、今読みなおしています。死を畏れない。過去と未来の不安に飲み込まれない。ただ、今を生きるために怖れを優しく包み込み「マインドフルに呼吸する」ことの大切さを説く、実践の書です。

  • 中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)

    中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)
    著者は、椎名誠の怪しい探検隊に同行する精神科医。椎名のエッセイを楽しんでいるうちにこちらのドクターの本も出ると読んでいる。5月から刊行され始めた岩波の「シリーズここで生きる」の第1弾。新聞の大きな広告に惹かれて読んだ。ご自身の終活の話より、対談やインタビューした方々の話の方が面白い。100歳の現役精神科医の研究や治療への向き合い方に励まされた。終章に私も行っている福島関連のボランティアの話があって、ちょうどそこに行くときに読んだのでドキドキした。死への向き合い方は人さまざま、参考にはならない。むしろ生き方として参考になる。著者は何度も無宗教ということを強調している。はてさて後には何も残らないのか?そんなはずはないよねと私は思う。

  • ドリアン助川: あん (一般書)

    ドリアン助川: あん (一般書)
    この本を手に取ったとき、りーかあさまを読んだすぐ後だったので、ハンセン氏病関連が続く偶然に驚いた。意図して読んだものではない。ドリアン助川つながりで手に取った。タイトルの「あん」とは、どら焼きの「あん」のこと。千太郎はあるいきさつで小さなどら焼きのお店をまかされている。あんは既製品の缶詰を使い、その日に売れ残ったら冷凍保存して翌日新しい缶のあんと混ぜ合わせて使う。借金返済のために年中無休で一人っきりで鉄板の前で働いてもう5年になる。話し相手が欲しくて「バイト募集」の張り紙を出したら、どう見ても働くのは無理でしょうと言う感じのおばあさんが現れた。「こういう仕事をしてみたかったの」と訴える。姿は指が曲がり、左右の目の形が違っていて表情もどこかおかしい。彼女は千太郎のどら焼のあんは作った人の気持ちが感じられないと言う。持参したタッパーには極上の手作りのあんが入っていた。雇うのは無理と思いつつ、彼女のあんとゴミみたいな安い時給でよいということに惹かれて雇うことにした。それから、彼女に厳しく指導されながら、本物の小豆の扱い方を学び、手作業を覚え、彼のお店は繁盛する。読み手も千太郎のあん作りに同行しながら、あん作りの醍醐味や極意を教わったつもりになる。あずきにしっかり気持ちを向けて、小豆に働いてもらうようにというおばあさんの気合の入った言葉が心に響いてくる。そのおばあさんは、指が曲がったままというところから近くにあるハンセン氏病の施設の人ではないかという噂が広がり、お店の客足は途絶えてしまう。ハンセン氏病という病気の実態も知らず、長い間社会的隔離をされてきて療養所以外で暮らすことのかなわなかった人々がいたことなど、まるで知らない今の若い読者にとっては、半ばミステリーのような物語であろう。作中の女子中学生と共にあん作りの名人76歳の吉井徳江さんに感情移入して、いつ、どうして、なぜという、謎解きをしながら、徳江さんの生きてきた道をたどって欲しい。白いブラウスの似合う女学生が終生を療養隔離施設で過ごさなければならなかった残酷を思う。林に還っていった徳江さんの最期に泣いた。