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カテゴリー「易占い」の1349件の記事

2019年2月14日 (木)

2月14日の易経からのメッセージ【山水蒙さんすいもう・六五(5爻の陰)】自分の無知を自覚して、教えを求めるなら吉。

寒風吹きすさぶ福島浜通りから、六時間をかけて、千葉県房総半島にやって来ました。風の当たりと潮の香りが違います。すぐそこに海を感じながら、今夜は温泉♨️です。

記事を書くのをわすれていました。
自分の蒙を自覚して、人に教えを乞うなら、吉。

コミュニケーションに生かしてください。
今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月13日 (水)

2月13日の易経からのメッセージ【沢風大過たくふうたいか・九二(2爻の陽)】古い柳から、新しい芽が出てくる。若い人に刺激されて活力が蘇り、吉。

久しぶり

の【沢風大過・2爻】です。易を学び始めた頃、こんな気分でした。一仕事終わって隠居の身になってみたものの、あれこれやりたいことばかり。易、心理学、カウンセリング、大学院、アレコレアレコレ。常に若い人達から刺激を受けて、活力もらってやって来ました。さすがにもう無理、疲労困憊と思っている今日この頃。そこにまた、この卦爻をいただき、またまた、枯木の根元に蘖(ひこばえ)が生える?と驚いています。命は無限ですから、それもまた、楽しからずや! 今度はどんな、芽が出てくるのかな?色々な圧力を柳に風と受け流す力がほしい。柳の木が良いです。

今日の【沢風大過】は上爻と初爻が陰の爻です。中4爻が陽爻です。足腰と頭が弱い中で、重い荷物を持っている状態です。大過は「大過なく暮らす」という意味ではありません。

大いなる過ちではなく、大いなるものが過ぎ行く。身に余る重荷を背負っていたり、大きな事業を計画していたり。棟(むなぎ)撓(たわ)む。往くところあるに利(よろ)し。亨(とお)る。

荷は重いのですが、この卦をいただいたときはよろよろしていても、踏ん張っていれば、なんとか通るときです。めげずにチャレンジを。足腰鍛えることもお忘れなく。

今日はその2爻。枯楊(こよう=枯れ柳)、稊(てい=ひこばえ)を生ず。老夫その女妻を得る。利(よろ)しからざるなし。枯れ木に緑の芽が出てきた。年取った男が若い女を妻にしたようなものだが、悪いということはない。というような意味です。

年をとって、もうだめかと思いながらもチャレンジを続けていると、新たな元気が出てくるものです。そうすると若い人もいっしょにがんばってくれたりします。

「もう年だから・・・(だめなんだ)。」「今の若い者は・・」なんて30歳そこそこの人が言っているのを耳にしますが・・・私からみれば、十分に若い。うらやましいほど若い。

老いも若きも、まだまだ緑の芽をだす力があります。

この卦をいただいたときは、心もリフレッシュしてください。若い人に助力を求めるにもいいチャンスです。

今日も一日、好い日でありますように。 くんぷう

2019年2月12日 (火)

2月12日の易経からのメッセージ【山沢損さんたくそん・六四(4爻の陰)】病や悩みを損する。早くするとよい。パートナーから元気もらえます。

昨日はおなじみの【沢火革】、しかも上爻でした。君子は美しく豹変する。一つの取り組みが終わったことは確かです。豹変かどうかは、まだわからない。

久しぶりの【山沢損】です。自分を損して他を益するから吉。しかし今日損するものは、自分の疾です。病気や悩みは、早く損したいですね。
過去記事です。

今日は(山沢損・4爻)です。人からの力強い援助が期待できそう。あなたが損(無くす)するものは、病気や心理的苦しみなどでしょう。
一人で悩んでいないでね。実力不足は、仲間からの助力で、解決できそうな気配です。遠慮しないで、元気な活力ある人に応援を頼んでみると、思いの外早く、悩み事を損する事になりそうです。

損は損でも、病を損するのは嬉しい事ですね。
喜びを得られます。
私も、実は思い当たる事があります。
関係のある方々もいますので、詳細は書けませんが、ここしばらく悩んでいた事が解決する予感があります。

それでは、今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月10日 (日)

2月10日の易経からのメッセージ【水火既済すいかきせい・上六(上爻の陰)】首までどっぷりつかって危い。こころがキリキリしそう。完璧を目指さず、ほどのよい頑張りでしのいでください。

上がり下がりの激しい2月です。吉と凶が交互に来て、心身も振り回されています。

楽しみにしていた3連休ですが、ずっと仕事。疲れがたまり能力も落ち、積み残しの課題で頭の中も机の上も満載です。

今日は一日休みですが、大量の家事で午前中が消え、午後からはやりこなせていない、あれこれの原稿仕事。ゲラ校正が二つも。冊子作りのためのページ作成も。こんなことをしているので、お休み感はまったくありません。いけないですね。

今日は初め良くても、終わりは乱れます。お天気もそんな気配。

ご注意ください。首までつかって、アップアップの気配あり。久しぶりの卦爻です。

完璧、完成を目指さず、危機管理に意を用いましょう。

今日の得卦【水火既済すいかきせい・上爻】

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卦辞 既済は、亨る。小しく貞に利し。初めは吉。終わりは乱る。

爻辞(上爻) その首(こうべ)を濡(ぬ)らす。厲(あやう)し。

6爻の陰陽がすべて正しい位置にあり、既に済(な)れり。といわれながら、易経ではこれを、好いこととしません。ものみな正しい位置にあって、中正を得ていたらこれから発展することは小さい。

それどころか陰陽は互いに相補い、物事は循環し、変化していく道にあるという哲学からみれば、そもそも完成などないし、今回のようにその立ち位置ばかり正しくあろうとするのは、危うい姿であります。

生々流転、有為転変の中に生きる人として、既済はないと、自らを戒めたいです。

爻辞に、既済の時は、初めはよくても終わりは乱れる。とあります。

あることに首まで浸かっておぼれそう、危ないよとの忠告です。小さいことしか、通りません。または、小人の意見が通るとも。

もし、思い当たることがあるなら、引き返すことがベスト。抜け出せないなら、用心して、深入りしないことです。

さて、くんぷうには思い当たること大有りです。

有為転変がこの世のならいで、ご縁によって物事が引き起こされていっているという考え方をしているのですが、いろいろなご縁があります。良縁・悪縁、因縁をつけるといえば悪縁になってしまいます。ご縁をいただくとなるとよいことのようですが。

ご縁も様々な姿をまとって、現れてきます。内におこる自分の思いや感覚と外に起こる人の思いとが、いつも響き合いすてきなハーモニーとなるとは限りません。

シンクロしないで不協和音でがさつくとき、どうしたらよいのでしょう。

貞しくあれ。と易経では教えてくれます。ただしくと読みますが、もともとは神に供える入れ物である鼎の象形です。本来の意味は神意を正しく聞いて、じたばた動かないことです。

だから、今なにか計画していたり、先行き不安があったなら今日の得卦を参考にしてください。

自分の思いが我欲からくるものかどうか、よく心身に感じてみて、やはり危機のにおいを感じたら、引き返すのでよいのではないかと思います。

首までつかって厲(あやう)し。

とのメッセージ、厲は、砥石でごしごし磨くこと。易経の解釈では「あやうい」と読ませますが、凶ではありません。苦しくても頑張り励むという意味もあります。

引き返せない道だと、そういう立場なら苦しみ励んで、通り抜けるのもありでしょう。

そうですね。わたしも「がんばりどころ」と踏ん張ってあれこれの課題を終わらせたいです。一日でよいから、いや、半日でよいから心をさっぱりさせたいです。

と思うのは、自分がつかれているしるし、元気なら「なんだ坂、こんな坂」と乗り越えるのも楽なのです。自分自身のケアをしっかりしたいかな?

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月 9日 (土)

2月9日の易経からのメッセージ【沢山咸たくざんかん・初六(初爻の陰)】互いに感じ合う、そのはじめ。まだ、感じ合う力は弱い。育てていきましょう。

さて、今日は【沢山咸】です。感性を磨いてというメッセージ。嫁取りに吉。

昨年、暮れも迫ってからいただきました。それから1カ月以上経過したけど、まだ出会いの力は弱い。感性が鈍らないよう、育てていきましょう。

新しい出会い(仕事でも趣味でも)があるかもしれません。まだ初爻ですので、まずは感じて、その思いを育てていきましょう。

【沢山咸】

咸は亨る。貞に利し。女を取るに吉。

若い女と若い男が互いに感じ合う卦です。沢は若い女、悦びを表します。山は若い男。止まることの象徴。若い男が女に下って、悦びをもって踏みとどまる。だから、うまくいく。

咸は感とほぼ同意です。各爻も互いに応じ合い感応が良いのです。この結婚話はうまくいきます。結婚に関係ない方は、合併や提携などチームを組む話と受け取ってみてはいかがでしょう。

今日はその初爻。その拇(ぼ=足のおやゆび)に咸ず。

心が外に向かって、良い対象を見つけてください。まだひきつけ合い感じ合う力は弱い。

結婚に良い卦ですから、それを象徴的にとらえてください。これからあなたが取り組むべき人や物事を感じ取る日になればよいですね。でも、足の親指という体の遠い箇所がムズムズする程度の感じ方です。兆しをキャッチして育てていけば、大きくなりそうな出会いがあるかもしれません。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2月8日の易経からのメッセージ【雷山小過らいざんしょうか・上六(上爻の陰)】高みを目指し過ぎると、ひどい目に合う。凶。降りる方向で。

今週はひどいことが押し寄せてきて、火風鼎5爻の日もおろおろしました。結果オーライとなりましたけど。

昨日は、【雷山小過・上爻】高みを飛び過ぎて、災いに遇うというメッセージでした。夜までおたおた暮らし更新はならず。今、記録のために記事を作っています。
皆様、昨日は大丈夫でしたか?

昨日のメッセージは飛ぶ鳥の卦【雷山小過】。ですけど、高く飛びすぎるのはよくないです。姿が見える範囲で、天の気と地の気が交流できる範囲で、自由に飛び回るのがよい。

今日は、本質的には凶の日です。

【雷山小過】小過は亨る。貞に利し。小事に可なり。大事には不可。飛鳥、之が音を遺す。上るに宜(よろ)しからず、下るに宜し。大吉。

大きいことは脇においておいて、小さいことを詰めましょう。上方向ではなく、下方向の仕事をどうぞ。

もし、下ることができたら、大吉に転じることもできましょうが、6爻のうちでも、凶が多いです。

人付き合いも降りる方向で考えたい。

上方向は何だろう?・・・ありません。

もうもう、本当におりたい話ばかりです。

上爻 遇わずして、之を過ぐ。飛鳥、之に離(かか)る。凶。是を災眚(さいせい=天災と自分が招く災難)という。

今日の上爻は、そんな気分の流れの時に、無理に上を目指して飛んでも目的のものには遇わないで、かえって災いに遇うというものです。之とは何ぞや?というところを自分の日常に照らし合わせて考えてみてください。

お気をつけて万事控えめに、大より小、上より下をとってください。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月 7日 (木)

2月7日の易経からのメッセージ【火風鼎かふうてい・六五(5爻の陰)】ラッキーです。よく聞き、バランスを保って立つ。それだから、易の神様にも祝福されますよ。呪いよりは寿ぎ(ことほぎ)を。

今日もラッキーな卦。快調です。久しぶりの【火風鼎・5爻】。以前にはよくいただいていました。昨年から今年にかけては、あまり、いただかなかったですね。

鼎は神様へのお供えの煮炊きをする道具。殷(だったかな?夏?)の王朝では権力の象徴だったとか、いつかテレビで見ました。

今日はとても良い卦ですけど、私自身はもうくたくた。朝から調子が出ません。と言うか、朝まで仕事していて、ちゃんと寝ていません。そんなときのカンフルに易占い。偶然でもラッキーな言葉を頂くと、今日の予定のあれこれが頭に浮かんで、何かいいことあるかな?と期待の気持ちで家を出ることができそう。皆様もお役立てください。

過去記事で。

少し、体をいたわらなくてはいけないと思います。

私自身がバランス良い感覚を身につける必要がありそう。

今日の得卦【火風鼎かふうてい・5爻】は、三本脚の鼎(かなえ)で、非常に安定がよい。煮炊きをして神に捧げます。そのあとは直会(なおらい)でごいっしょにお下がりを頂きましょう。

卦辞 鼎は元吉。享る。

その上、5爻は君主の位置で、自分は陰。無理押ししない。周りの声を聞く柔軟さも備えている。そんなだから、鼎の耳も黄金で立派。

5爻・爻辞。鼎、黄耳金鉉。貞に利し。

朝の目覚めから、「ああ、動けないなあ。やる気でないなあ。休みたい。」と思って嘆いているのに、こんなに良い卦をいただきました。

きっと、これでいいのでしょう。忙しいのもありだけど、ときどきどっか悪くなって、養生するのもありでちょうどいいのでしょう。

三本脚で、良い耳をもっていれば、倒れないですみますもの。鼎の耳は鉉(つる=取っ手)のことですが、わたしは聞く耳と、バランス感覚をつかさどる内耳の三ハン器官に掛けて、そういう解釈をしてみました。

では、今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月 6日 (水)

2月6日の易経からのメッセージ【乾為天けんいてん・九五(5爻の陽)】のびのびと自分本来の姿で活躍してください。大人の知恵を借りるならもっと良い。

今年になって、姿を現した龍ははや、5爻です。君主の位置。

階段を上るように成長してきた龍の実感がありますか?

わたしはなかなか。でも、ネガティブになる必要はない。私は龍なのだとつぶやいてください。寿ぎましょう。祝辞を自分に述べて。

飛龍のごとく、自由に駆け巡る。でも大人の知恵は必要です。おごり高ぶらないで、自分と天を感じてください。足元には地があります。

去年の終わりからよくいただいています。飛龍が天にあるという【乾為天けんいてん・5爻】。好い卦爻をまた、いただきました。この卦爻をいただいた時の感想はいつも同じです。何の変哲もない一日なんだけど…。それどころか、今日は朝から、頭も体も動きが悪い。でも、飛龍ですよ、広い広い天にいますよ、と思えば少しは心の自由を取り戻せそうです。これから午前中は出勤。多職種協働の職場での難しいカンファがあります。

自分は、飛龍だと思って心の自由は手放さない。少し天から俯瞰する思いで受け取ってみようと思います。好い卦をいただきました。

爻辞の一部、大人を見るに利しを生活のなかに取り入れて、先達に学ぼうかと思います。

今日の得卦 【乾為天けんいてん・5爻】

卦辞 乾は元(おおい)に亨る。貞に利し。

爻辞(5爻) 飛龍、天にあり。大人を見るに利し。

64卦の一番最初。全陽の卦です。天と天が二つ重なったこの卦について、易経は龍の姿にたとえて、叡智をくださいます。易の四徳、元亨利貞を備えています。

卦辞は簡単そのもの、「天の時は、大いに通じます。正しくしていればいいです。」

正しく(貞)が難しいのは毎回述べている通りですが・・。怠らず励みましょう。

易経は、「天行健やかなり。君子以って自強(彊)して息(やま)ず。」と解説しています。

こんな年になっての飛躍というのは、望みませんが、広い天を自由に飛び回る龍の気分になると、しがらみから解放されるように思います。

今日は、5爻。君主の位置です。年下でも、賢人、そういう人が身近にいませんか?若い人の知恵を借りるのも、大事なことです。

人の助言を生かして、行動すると、一層の広がりを得ることでしょう。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月 5日 (火)

2月5日の易経からのメッセージ【山地剥さんちはく・上九(上爻の陰)】取り残されたと思わないで、あなたの真価はこれからです。人に使ってもらいたい。

またしても、山地崩壊の卦【山地剥】です。何かあるんだろうなと思いつつ、思いを巡らす暇もなく過去記事のみで失礼します。

【山地剥】の中でも一番上の爻。すべて崩れ去っても残っています。やがて、生きますように!活かされますように!

屋根まで崩されないようにするためには、自分の中の小人性を取り去り、君子であるほかはないようですよ。

剥奪、剥落。大人ならばやがては、態勢(体制)立て直しができます。担がれて輿(こし)に乗ることができる?または自分が乗るべき車(手段)を得る事ができます。

小人ならば、このまま突き進めば、頭上の屋根を剥ぎ落とされるような目に合うかも。

いずれにしろ、要注意の卦です。今日は進退を慎重に考えましょう。

今日の得卦 【山地剥 さんちはく・上爻】

卦辞 剥は、往く所あるに利(よろ)しからず。

爻辞(上爻) 碩果(せきか)食らわれず。君子は輿(よ)を得、小人は廬(ろ)を剥(おと)す。

剥は、物の表面がぽろぽろ剥げ落ちる様。この卦は全陰の地の上に山があります。

地の上に山というとごく普通のようですが、陰陽の爻の組み合わせの図象から見ると、山の一番上の一爻だけが陽で、下5爻全部が陰です。これを、陰(小人)の勢いが強くて、君子(陽)をはぎ落としてきた卦とみます。

君子たる人は、小人の追い落としに遇わないよう、用心して行動しなければなりません。この卦が出た今は、進んで事を行う、新しいことを始めるなどの変化含みの行動はつつしんで、災難にあわぬよう身を守ることを考えてください。

でも、そういう危険な時ももうすぐ去ります。上爻ですから、今のあなたが君子(陽)であるなら、それは、食べられないで梢に残った大きな木の実(碩果)のようなものですが、もう少しで、輿(よ・車)を得ますから、無理せず待っていてください。

大きな木の実が地に落ちれば、やがて芽を出し成長します。そういう背景も含んでいるように思います。どんな、芽が出るのかなあ?どんな輿(よ=車)に乗るのかなあ。夢実現の手段を得るところをイメージしてみてください。

君子じゃあない?小人ならば、困ったもの。今すんでいる家(廬ろ・庵のこと・粗末な小屋)さえも失いますよ。大人迫害の態度だけは改めましょう。

それでは、今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2019年2月 4日 (月)

2月4日の易経からのメッセージ【沢雷随たくらいすい・九五(5爻の陽 )】流れにしたがって喜んで動くから、うまく行く。よいことを誠実に実行しているので、吉。

少し流れが変わりましたかしら?今日は悦んで動く【沢雷随・5爻】です。易の4徳「元、亨、貞、利」が卦辞で述べられています。
喜んで動くから、その願いは通ります。
爻辞では、嘉きに孚す、吉。とあります。
善いと思っていることを誠実に実行していきましょう。

それこそが、吉を呼び込む本道ですね。
今日も一日、好い日でありますように。

くんぷ

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  • ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)

    ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)
    この本は、2017年、ミステリー専門のエドガー賞児童図書部門を受賞しました。主人公ダニエルと共に殺人事件かもしれない謎に挑戦してワクワクしながら読み進めていけます。しかし、単純な謎解き物語ではなく、全編を覆っているのは、OCDの症状から逃れられない苦しみです。不安があると寝る前に2時間でも3時間でも儀式と呼ばれる強迫行為をしなければ就眠できないのです。ダニエルが「ザップ」と呼ぶ強迫観念が侵入してきて「○○をしろ。ダメだ。やり直せ」と命令し、ダニエルは手洗いやスイッチのオンオフ、歯磨きなどを繰り返しせざるを得ません。不合理と分かっていても止めることができません。涙を流しながら、し続ける苦悩がリアルに描かれています。作者もこの症状に苦しんだ当事者だそうです。 13歳のダニエルは、アメフトをやっているけど、とても自信がありません。蹴るだけや走るだけならできるのですが、試合でキックをする場面になるととたんに「ザップ」が襲ってくるし・・・。ある時スタメンの少年が怪我をして試合に出ざるを得なくなりました。謎解き、スポーツのヒーロー物語、異性への関心と友情が描かれ、ダニエルが密かに書き続けている「人類最後の子ども」という物語までが挿入されています。これでもかとばかりのエンターテイメント要素の投入です。作者は最後まで読んで欲しかったのですね。 OCDは、「強迫症」とも言われる病気です。子どもの有病率は2%前後とも言われています。この本の扉の裏には「OCDに向き合うあなたへ /ひとりでは見つからない希望も/助けを借りれば、かならず見つかります」と書かれています。ずっと秘密にしていたことを人に話すのには勇気がいります。OCDに苦しむ子どもにも大人にも楽しく読めて、回復への希望をもつきっかけになりそうな本です。OCDを知らない人にもこの病気について理解を深めていってほしいです。

  • エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)

    エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)
    これも少し前の児童書です。小学校上級から中学生くらいの人にお薦めですが、大人が読んでも面白いことは受け合います。カナダのある街に転校してきた車いすの少年デ―ヴィッドとバスケ好きの1学年上の少年ショーンのボーイ・ミ―ツ・ボーイの友情物語です。強がっていたデ―ヴィッドの心の奥底の寂しさと辛さに触れて、障害について思いを深めました。ショーンが車椅子体験をする場面もリアルです。

  • 京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)

    京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)
    児童書です。ロンドンパラリンピックの前に出版された古い本ですが、一連のリアルつながりで、読みました。 自動車事故で脊椎損傷を負って下半身はおろか、背筋、腹筋も使えなかったサッカーJリーガーだった選手が、車椅子バスケでスポーツ選手として復活するstoryに子ども達は勇気づけられることでしょう。「夢に向かって行動を起せば、必ず出会いがある」という素的な言葉に出会いました。

  • 井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~

    井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~
    漫画家井上雄彦と取材チームが、リオ・パラリンピックの車椅子バスケを取材しました。マンガ「リアル」の登場人物たちを絡めながら、現実の試合と選手たちの姿を1冊の本にまとめてくれています。写真が素晴らしい。そして、リアルの原画もあり、選手たちのプロフィールも語りも読みごたえがありました。2020の東京パラりンピックまでに、「リアル」復活を熱望します!

  • 井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)

    井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)
    暮れだったか、正月だったか?テレビで車椅子バスケの選手京谷和幸さんの特集を見ました。その粘り強さと目標に取り組む熱さに感動しました。「リアル」のモデルの一人だということが知らされ、さっそくこの漫画を手に入れました。素晴らしい漫画です。劇画中の登場人物の心情と情念が本当にリアルに描かれている。単なるスポーツ根性物語ではないです。登場人物の生き方と個性が迫ってきます。障害に向き合う姿が生々しい。リアルでありながらファンタジーも含んでいて、私はプロレスラー・スコーピオン白鳥に感動しました。プロセスを知らないおばはんを感動させる井上雄彦さんの漫画の迫力!残念ながら14巻までしか描かれていません。続きが読みたい。(息子が古本屋で既刊全て見付けてくれました)。そういえばバガボンドも途中だとか。それも息子に進められ以前に読みましたっけ。スラムダンクは読んでいません。

  • フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

    フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)
    この本が出版された2013年に一度読み、今回二度目に読んで、このリストに紹介します。主人公マルセロは弁護士のお父さんと看護師のお母さんを持つ、アスペルガー障害に良く似た症状のある17歳。小学校入学以来、私立でお金がかかる障害児への支援が専門の学校パターソンに通っています。高校の最終学年を控えた夏休み、お父さんは、弁護士事務所というリアルな世界でアルバイトすることを求めます。マルセロはパターソンの農場で生まれたポニーの子馬を世話するアルバイトがしたいのですが、お父さんは強硬です。リアルな世界のアルバイトを成功裏に負えたなら最終学年までパターソンにいて良いと、交換条件を出されてしぶしぶお父さんの事務所で働くことになりました。 マルセロはオフィスの中で、衝撃的な写真に出会います。顔面の半分が削り取られている映像なのに、その子の瞳が強い思いを発して迫ってきます。直属の先輩ジャスミンと一緒にその子を探し出そうとします。ここからはミステリー仕立てですのであまり詳しくは書けません。 マルセロにとってリアルワールドとは、障害があろうとなかろうと、思春期の男性として通過しなければならない世界です。性の芽生えや、異性への関心もテーマです。一方で裁判の中で争われる正義と不正義の交錯する世界もあります。自己の実感に基づいた行動を通して世界へ関わろうとするマルセロは嘘がないという意味で最もリアルな存在かもしれません。現代アメリカが抱える貧困や差別などのリアルな現実も描かれています。 自分の思いを的確、適正な言葉で表現し、コミュニケーションに反映させたいと苦闘するマルセロが発達障害を理解する上で参考になります。私も自分の思いにぴったりした言葉を探して苦労をなさっている方々と出会っています。会話がゆっくりだから知的に劣っているわけではないのです。何も言わないからといって、何も考えていないわけでもないのです。その辺りの当事者としての在りよう(叙述)に大いに学ばされました。発達障害に関心のある方もない方も、現代アメリカ小説として「時代を映す鏡」として楽しめる作品ではないかと思います             

  • ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある

    ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある
    作者の後書きによると「アメリカの3世帯に1世帯は家族の中に精神疾患に悩まされてい」るそうです。翻訳者の金原瑞人さんは、訳者あとがきで「本文を全部読む前に読まないで」と書いてあります。上質のミステリーであり、ファンタジーも内包しています。読み終わった後、また初めから読み返してああ、この人があのキャラで・・・と振り返りたくなりました。私は書名からある予断をもって読み進みましたが、それでも十分に引きこまれました。当事者でなければ書けないような描写で叙述されています。それは作者が当事者家族でもあるからです。疾病と回復の物語です。今映画化が進んでいるそうです。話が進むにしたがって頭の中に映像が動きだしてきて惹きこまれます。ゲーム世代ならなおさらと思います。

  • 長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日

    長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日
    タイトルの「いきたひ」は、書影で見られるように本当は生と死が合体した造字で、著者が考案したものです。「生きたい」「生きた日」と読めます。生に切れ目なく死が続いていることも読み取れます。著者は同名の映画を自主制作されました。悪性リンパ腫で40代の若さで亡くなったご主人の希望でなくなる前の家族の看取りの様子を映画に撮られました。ご自宅の畳の上で亡くなられた後、4人の子どもさんと著者は朝まで添い寝をされます。その映像を中心に、後から「畳の上での看取り」「腕の中に抱えた看取り」「看取りができなかった死に向き合う」方々のインタビューなどで構成されています。死を恐れるあまり、私たちは自分の死も家族の死も本気で真剣に向き合ってこなかったなあと思います。この映画に触れ感動した人々が全国で上映会をされています。看護や医学を学ぶ人達の学校でも上映されています。私は、看取りを専門にする看護師さんから紹介されて映画を見、この本も読みました。本気で向き合わなければならない死が私の周りにもあります。ゆっくり考えています。

  • 藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

    藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの
    2016年の相模原殺傷事件の後、衝撃を受けながらも、黙ってはいられないと、障害について深くかかわっていらっしゃる6人プラス4人の方による、深い思考と問いかけの本です。タイトルの「生きたかった」から、犯人の投げかけた差別思想に対抗する書物であることが伝わってきます。6人の執筆者は、編者の4人の他に、盲聾重複障害の東大教授福島智さんと精神科医の香山リカさんです。他に、当事者・家族・支援者の立場の方4名も思いを綴られています。福島さんが述べていらっしゃるように、今は、障害の有無にかかわらず、誰もが生きづらく感じている現代日本の社会です。今回のこの事件を自分の問題として考え続ける努力を積み重ねていきたいです。自分には無縁と思っていた優生思想とヘイトクライムのその芽が自分の中に存在しないかどうか?自己点検の目も必要です。

  • 手嶋 ひろ美: 笑われたくない! (文研ブックランド)
    主人公結花は脳性まひのある小学4年生。不自由な体を笑われたくないといつも思っています。ところがお楽しみ会の出しもので結花たちの班は、二人羽織をすることになったのです。班の男子はわざと変な食べ方をして、みんなに笑ってもらいたい。結花は一生懸命、羽織の後ろの小雪と練習して、上手に食べるところを見せたい。心の中で「笑われること」にとても抵抗があるのです。 脳性まひの人の体の不自由さからくる心の苦しさ、社会の側のバリア、周囲の無理解などが結花の視点から丁寧に描かれています。私自身も今だに笑われたくないと思うことがあります。障害があってもなくても、人と違う自分を受け入れると、笑われることなどどうでも良くなるように思いました。大切なのは自分がどう生きるかということですね。著者自身も脳性まひのある人で、車いすの自分をじろじろ見る人には、自分からにっこり笑ってみるそうです。
  • アン ブース: 霧のなかの白い犬

    アン ブース: 霧のなかの白い犬
    17年度の小学校高学年の読書感想文課題図書です。主人公たちは中学生です。おばあさんの認知症と白い犬を飼い始めること、など読み始めのアイテムには、確かに小学生も関心を持つでしょうが、読み通し、内容世界に迫るには小学生にとっては難しすぎると思いました。世界の国を知り、歴史的な知識も持ち始める中学生以上に読んでほしいです。高校生でも大人でも読みごたえはあります。ネタバレになるので、おばあさんと白い犬の関係を紹介できないし、論じられないのが残念。主人公ジェシーたちはイギリスの田舎町に住んでいます。その小さな村にも移民に職を奪われたお父さん(出稼ぎにフランスへ!)や、ダウン症の村人や、学校でのいじめ、家庭の問題など、子どもが気にせずにはいられないことが満載です。ファンタジーものにどっぷりつかっている、日本のヤングにも主人公と一緒におばあさんの子ども時代を探索する旅に同伴してほしいです。イギリスやドイツの児童文学やヤングアダルト文学が障害や戦争、平和の問題を掘り下げて描いていることにいつも感心します。70年以上前の戦争の傷跡が今を生きる人間関係に影を落としていることは、日本もアジアも同じことです。ナチスの問題を自分に関わりのあることとして考えました。

  • 伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか

    伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか
    この著者の専門は美学や現代アーツです。ですが、元は生物学を目指していらっしゃったそうで、身体を論ずる視点が面白い。「目の見えない人は世界をどう見ているか?」もユニークな本でした。スポーツは基本的に身体条件が違う人が一定のルールの元で(公平さ)競うもの。目が見えないというハンディキャップがある人どのようなルールの元で、どのような身体の使い方をして、誰と協働して、思い切り競技・競争ができるのかを、現役アスリートへのインタビューを通して論じています。人間の身体の不思議、能力の果てしなさを思います。パラリンピック、是非観戦したいです。描かれている競技はブラインドサッカー、競泳、陸上、ゴールボールなど。

  • 古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)

    古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)
    男子が圧倒的に多い工業高校の中に女子ばかりのフラダンス愛好会がある。そこに入部した男子4人。リーダーは「フラダンス甲子園」での優勝を目指している。フラ本来の文化的意味を強く持つ男踊りを組み込んだフォーメーションを考え意欲満々。そればかりでなく、フラ愛好会「アーヌエヌエ・オハナ(虹のファミリー)」は慰問活動にも熱心に取り組んでいる。読み進むうちに笑顔が重要な要素であるフラダンスの魅力にはまる。高校生の人間模様はどこであろうと、多数派と少数派のぶつかり合いがあり、自分自身の中の青春の葛藤があるが、この物語の舞台は福島県。震災と原発事故を背景にした複雑な思いが描かれている。物語の転換点は仮設住宅への慰問でぶつけられた住民の言葉であるが、福島以外の中高生にどこまで伝わるか気にかかる。第63回読書感想文コンクールの課題図書となっている本書。原発発災の時はまだ小学生だった人達が今高校生である。風化の中でおためごかしの復興が叫ばれている。この本は楽しみながら読める痛快学園ものである。多くの高校生に手に取って欲しい。そして、今も故郷に帰還できない人達の困難と原発事故・放射能被災という現実を登場人物の苦しみを通して読み味わってほしい。(といっても既に現状はもっと進み、避難指示解除による国と電力会社の住民切り捨てが広がっている。仮設住宅は閉じられ、復興公営住宅への転居とまたまた新しい環境への適応を強いられている人達が多くいるが本書ではそれについては描かれていない)

  • 池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話

    池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話
    池田晶子さんと獄中死刑囚(強盗殺人犯)の往復書簡集。哲学の本は読み通すことが難しく苦労するのに、この本は短時間で読み切りました。初めは寝掛けに布団の中で睡眠薬代わりに読んでいました。中盤は、続きが読みたくて朝起き掛けに。そして、最後は事務机で姿勢を正して読みました。往復書簡は、死刑囚である睦田さんから、池田さんへのファンレターが雑誌の編集部に送られてきたことから始まりました。池田さんの著書(一連のソクラテスもの)によって、自分自身の罪と罰に向かい合い、殺した人の命の分まで「善く生きる」と決意している自分自身の死生観、今現在の哲学が述べられています。池田さんはその彼に本気で向かい合い、「甘い」としかり、罪と罰、殺すこと、死刑による死に向かい合い、もっと考えろと迫ります。池田さんの人間的な一面がよく現れていて、思わずクスリとしたりして哲学が苦手な私にも読み通す意欲を与えてくれました。二人とも理知の人で池田さんによれば良く似ているとのこと。言葉によって現象を吟味し思弁し尽くすお二人の姿を通して、いい加減な自分自身の生き方に反省が生まれます。死について考えている今だから出会った一冊です。生き方を考えるとは、死を考えることだと思います。

  • 志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)

    志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)
    物語の舞台は南相馬市小高(原発20キロ圏、旧避難指示区域)。あの日(2011年3月11日)から半月あまり、町に残っている人はほとんどいない。俺は町を離れなかった。瀕死の病人である母を今動かせば、即、死につながると案じて。母はゆっくりと衰弱していく。無人の町で、30年前の記憶が交錯する。俺の家はしがない床屋だけど、近くの八坂医院には、あこがれの転校生が住んでいた。彼女は孔雀を飼っていた。俺は孔雀のエサとして蛙を取って来る係だった。そして切ない悲劇が舞い降りる。今、無人になった医院の孔雀小屋に、黒犬が残されている。人間の避難に犬は連れて行けないから。痩せこけている犬に餌をやる。そうこうするうちに母が死に、黒犬はペットレスキューのボランティア女性に託される。巨大化した美しい羽でメスを呼び寄せる孔雀はうまく飛べないというリスクを背負う。原発は孔雀に似ていると俺は語る。止めようとしても止められない肥大化した姿。原発爆発後、半月経過した町の描写が心に残る、表題作。小高の街を歩くと彼に出会いそうな錯覚がする。もう1編「私のいない椅子」が収められている。こちらは、阿武隈山脈の海側、原発のすぐ近くに住んでいた女子高生が主人公。その反対側の地に避難、転校している。福島の高校生が、今を映した映画を創る物語。私の母は自分の両親を津波で失ったが、遺体捜索もできなかった(避難指示で)ゆえに海から離れられない。私は一人親戚のおばを頼って避難しているが、あの山の向こうを超えて、海辺に帰りたい。初め映を引き受けていたけど、声高に原発反対を叫ぶ映画に変容していく制作側(避難を受け入れる側)の高校生や支援の制作グループの主張に沿っていけずケンカして役を降りる。私はただ、自分の存在を映画を通して、今は散り散りになった友人たちに届けたいだけ。ロケで海辺の故郷に行くことが望みなだけ。映画は私とは無関係に進行し試写会が行われる。すでにそれは「わたしのいない椅子」になっている。私は義援金で買った新しい自転車で海辺の町に向かう(もちろん本当は帰れない町)。原発立地の町の女子高生の身になって、違和感なく物語の進行につき合っていけた。作者は小高で育ち、今は休校中の双葉高校を卒業した人。現在進行中の原発被災地の中側に立った物語。ホンの小さな話だけど、細部に神が宿る。あの事故がそこに住まう人々の暮らしと内面に何をもたらしたか?ドキュメントではなく文学で伝えられることは貴重なことと思う。

  • 中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉

    中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉
    著者は日本の精神科医の中でも、最も誠実に独創的に患者さんに向かい合ってこられた方だと思います。読者は、自分がお医者さんでなくても、人に向かうには、自分に向かいあい受け入れるには、どうしたらよいのか?そういった疑問を抱いて読めば、必ずヒントがもらえるようなご著書が多いです。私もずいぶん読ませていただいてきました。難しい学術書もありますが、一般書として書かれた本も奥深いのです。この本は、ご自身の子ども時の体験から今現在のいじめを受けている子どもたちに救済の言葉を紡いであります。「こころが傷つく」とはどういうことかということを、精神科医としての理解と元いじめられっ子だった体験とを合わせて子ども(小学生から高校生まで、いえ元いじめられっ子だった数々の大人にまで)にわかりやすく語りかけます。「いじめ」は「人間奴隷化」のプロセスと説明してあります。いじめの進行は、孤立化⇒無力化⇒透明化のプロセスをたどり、いつしかその場に居てもいない人になり、いじめがあっても周りに見えない状況になり、激烈ないじめが続くというその過程と構造を子どもも大人も知ってほしいです。どうしたら抜け出せるか?対策は?まずはいじめられている子の安全の確保をし、次には孤立感の解消、そして大人として、これからは決して孤立させないという保障の言葉を伝える。そのあとに、いじめられた子どもの心の傷(罪悪感、卑小感、劣等感などをふくめ)の手当てが必要です。この本を読むことは、そのための大きな手当の第一歩になることと思います。著者は60歳を過ぎて、阪神淡路大震災の傷ついた被災者に向き合う中で、自分自身の子ども時代のいじめられ体験の傷がなまなましく浮かび上がってきたと述べています。それほどに心に傷を負うことは、深く恐ろしいことなのだと改めて思いました。

  • ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)

    ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)
    ティク・ナット・ハンの本を紹介するならこの本を!と思って書架から取り出しここ2週間ばかり読んでいます。最初に出会ったマインドフルの本です。もう20年以上も前の出会いです。解脱を説く本です。物事、真理、現実とのかかわり方や見方を、ハン師が到達し体験した瞑想法を通して教え導いてくださいます。結局、いのちは一つ、すべてのものが繋がっているということを、実感をもって観相し、体験することが出きればよいのです。それが、呼吸を見ることであったり、互いの関わりを深く瞑想することであったりするのですが、勿論私はその入り口にも立ててはいません。ですけど、柔らかなかたり口ながら、うまずたゆまず努力すれば、体と心が安らぎ、やがては明晰な意識を保つことが出きるような生き方もできるかもしれないと希望を抱かせていただける本です。寝る前のぼんやり頭で読んで、身につくかどうか?心もとないですけど。

  • ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~

    ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~
    最近はマインドフルネスという言葉をあちらこちらで聞くようになりました。NHKでも、ストレス対処に一番有効というようなスタンスでドクターや心理士登場の番組の中で紹介されました(NHKスペシャル「シリーズキラーストレス」)。瞑想による心身の深い境地を「すべてに気づいている」という意味のこの英語に訳したのが、著者だったと、私は理解しています。ベトナム出身の大乗仏教のお坊さん。今は、フランスを中心に活動されています。たくさんの本があります。一冊読んで何かが分かったというような知識伝達の本ではなくて読みながら、自分自身の心身に適用していく実践の書です。でも、内容は深い。般若心経の、解説の本のようでもあります。叔母の死に際して、生と死や、自分自身の来た道還る道を考えている時、たまたま目の前の机の上にあり、今読みなおしています。死を畏れない。過去と未来の不安に飲み込まれない。ただ、今を生きるために怖れを優しく包み込み「マインドフルに呼吸する」ことの大切さを説く、実践の書です。

  • 中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)

    中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)
    著者は、椎名誠の怪しい探検隊に同行する精神科医。椎名のエッセイを楽しんでいるうちにこちらのドクターの本も出ると読んでいる。5月から刊行され始めた岩波の「シリーズここで生きる」の第1弾。新聞の大きな広告に惹かれて読んだ。ご自身の終活の話より、対談やインタビューした方々の話の方が面白い。100歳の現役精神科医の研究や治療への向き合い方に励まされた。終章に私も行っている福島関連のボランティアの話があって、ちょうどそこに行くときに読んだのでドキドキした。死への向き合い方は人さまざま、参考にはならない。むしろ生き方として参考になる。著者は何度も無宗教ということを強調している。はてさて後には何も残らないのか?そんなはずはないよねと私は思う。

  • ドリアン助川: あん (一般書)

    ドリアン助川: あん (一般書)
    この本を手に取ったとき、りーかあさまを読んだすぐ後だったので、ハンセン氏病関連が続く偶然に驚いた。意図して読んだものではない。ドリアン助川つながりで手に取った。タイトルの「あん」とは、どら焼きの「あん」のこと。千太郎はあるいきさつで小さなどら焼きのお店をまかされている。あんは既製品の缶詰を使い、その日に売れ残ったら冷凍保存して翌日新しい缶のあんと混ぜ合わせて使う。借金返済のために年中無休で一人っきりで鉄板の前で働いてもう5年になる。話し相手が欲しくて「バイト募集」の張り紙を出したら、どう見ても働くのは無理でしょうと言う感じのおばあさんが現れた。「こういう仕事をしてみたかったの」と訴える。姿は指が曲がり、左右の目の形が違っていて表情もどこかおかしい。彼女は千太郎のどら焼のあんは作った人の気持ちが感じられないと言う。持参したタッパーには極上の手作りのあんが入っていた。雇うのは無理と思いつつ、彼女のあんとゴミみたいな安い時給でよいということに惹かれて雇うことにした。それから、彼女に厳しく指導されながら、本物の小豆の扱い方を学び、手作業を覚え、彼のお店は繁盛する。読み手も千太郎のあん作りに同行しながら、あん作りの醍醐味や極意を教わったつもりになる。あずきにしっかり気持ちを向けて、小豆に働いてもらうようにというおばあさんの気合の入った言葉が心に響いてくる。そのおばあさんは、指が曲がったままというところから近くにあるハンセン氏病の施設の人ではないかという噂が広がり、お店の客足は途絶えてしまう。ハンセン氏病という病気の実態も知らず、長い間社会的隔離をされてきて療養所以外で暮らすことのかなわなかった人々がいたことなど、まるで知らない今の若い読者にとっては、半ばミステリーのような物語であろう。作中の女子中学生と共にあん作りの名人76歳の吉井徳江さんに感情移入して、いつ、どうして、なぜという、謎解きをしながら、徳江さんの生きてきた道をたどって欲しい。白いブラウスの似合う女学生が終生を療養隔離施設で過ごさなければならなかった残酷を思う。林に還っていった徳江さんの最期に泣いた。