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    日々変わる多摩川上流の景色を中心に くんぷうの魂が癒されるシーンを 集めました。時には、川以外の水辺も ご紹介します。

カテゴリー「占い」の1286件の記事

2016年5月12日 (木)

5月12日の易経からのメッセージ(沢雷随たくらいずい・六二)流れたにしたがっていれば、うまく運びます。但し、小さいことに関わって、大きい物を失わないように、見極めが必要です。

今日は、バスの中から投稿です。揺れるので、いきたいで上手く書けません。
夜、書き直します。

今日も一日、好い日でありますように。
くんぷう

2016年5月 9日 (月)

5月9日の易経からのメッセージ(地山謙ちざんけん?・六五)謙譲の美徳があるので、大いに吉。どうしても無理を言う人には、攻めの姿勢で、自分を示しても悪いことはない。

お久しぶりです。なかなか更新できませんでした。
皆様の連休はいかがでしたか?
私は、研修と孫の子守でした。

今日から日常のペースにもどります。
遠くの病院への勤務で電車からの投稿です。

詳しく書けないですみません😣💦⤵

謙譲の美徳を発揮しています。自分の利益だけを追わないで、隣人と分かち合う姿勢ですから、周囲の人望を得ています。こういうときになお無理を言う人にはしっかりノー👐を伝えましょう。時には攻めても大丈夫です。討ち取ると言う発想でも、悪いことは起こりませんと、易神様は、励ましてくださいます。今は時代が違いますから、戦い方に工夫は必要でしょう。
卦辞爻辞読みたい方は

くんぷうさんのバルコニー 地山謙 5爻 で検索してください。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2013年10月16日 (水)

10月18日の易経からのメッセージ【風雷益ふうらいえき・3爻】危急の際には助けを求めるのがよい。仲間を益するために、訴えてもよい。

撮影画像

増水した多摩川上流。

出かける寸前ですが、よい卦です。もし、凶事があるなら救援を求めてください。

解説は過去記事で。夜猛威一度書きます。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

今日の得卦【風雷益ふうらいえき・3爻】

卦辞 益は往くところあるに利(よろ)し。大川を渉るに利し。

爻辞(3爻) 之を益するに凶事をもってす。咎なし。孚(まこと)有りて、中行なれば公に告ぐるに圭を用いる。

くんぷうさんの解釈

益のとき、目的のあることは、通ります。自分には無理と諦めないで。大きなこともできます。災いを転じて福となすのが、3爻。

(しかし、なぜ益なのかというと、上の陽の爻が一つ損しているのが風の図象で、下の卦の雷は、風の中の陽爻をひとつもらった形。上を損して下を益することすなわち、益である。そういうときなら物事は通る。ということなのです。ここに図像を書けないことが本当に申し訳ないです。)

今日はその3爻。凶事=災難のとき、下を益するように努力することで、あなた自身も上から助けられ(取り立てられて)、やがては、公衆に圭(けい=諸侯が身につけた玉)をもって、伝えるようなことになりましょう。まことがあって、中道をいったからです。

別の解釈では、上の立場の人や隣国に災難への援助要請をするときは、自分の圭(四角な宝玉。地位のしるし)を差し出す位の誠意で行いましょうという意味とも受け取れます。

小さいアンラッキーな出来ごとは日々あります。おっちょこちょいなもので私は失敗ばかり。その連続のなかで之を益するにはどうしたらよいだろうという、発想法はあります。

そうですね。災いにはめげず、恐れずです。

また困ったときはお互い様。援助を求めることは悪いことではありません。特に自分の仲間を助けようという時は。

災い転じて福となすような心づもりで暮らせば、何事も自分の利益となりましょう。

2013年2月 3日 (日)

2月3日の易経からのメッセージ【水山蹇すいざんけん・上爻】前進ではなく、引き返せば吉。内なる貴に随ってください。

以下、12月23日の過去記事です。全く今の状況は変わりません。発表を明後日に控えて、まだプレゼン用のパワーポイントを作っています。

20分の発表に60枚作りました。

これから、削りに削らなければなりません。

そういう時にいただいた、引き返せば吉のメッセージ。前進パワーはあるのですが、下りる決心がたいせつ。

ここから過去記事。作り変える必要もないぐらい。そのまま掲載します。

今日の得卦は、予想通りの【水山蹇】です。今月2回目です。12日は5爻で、一歩進みました。上爻ですから、行きつくところまで行って先がありません。引き返すことが大切。

私も仕上げの叙述にかかっています。問題と目的の書き直しが、今日のアジェンダです。統計の分析も、インタビューの分析もまだまだたくさんのことがやれそうにも思いますが、分析はここまでです。初めに戻って、首尾を通して、易しくわかりやすくまとめようと思います。

解説は、過去記事でどうぞ。

困難の卦【水山蹇】です。困難を前に、足が止まっています。

【水山蹇】蹇は西南に利し。東北に利しからず。大人を見るに利し。貞、吉。

その一番上の爻。往けば蹇(なや)み、来たれば碩(おおい)なり。吉なり。大人を見るに利(よろ)し。

西南は、平らな方向。易しい方向です。東北は険しい山。

実際の方角で何か目的のある方は、当てはめてみてください。

進めば、塞がっていて、苦しむ。引き返せば、成果を上げることができる。

立派な協力者・指導者が身近にいます。その応援も得て、難問が解けるのもまもなくでしょう。

よく相談して進めてください。

それでは、今日も一日好い日でありますように。

くんぷう

2012年5月14日 (月)

5月14日の易経からのメッセージ【風山漸ふうざんぜん・2爻】どんなに高い山の一歩一歩、歩を進めばやがて頂上に行きつきます。順序を踏んで。楽な道はないけど、小休止は必要。今日は少し、休んでください。

昨日の習坎は、皆様いかがでしたか?何事もなく過ぎましたか?

私にとっては体調が落とし穴だったようです。足腰の疲れ、目の疲れの上に耳鼻科系のくすぶり、ついに頭痛と相成り果てて、それでも子どもの本関係の集まりに行きました。夏の大会に向けて担当箇所もあるので、休むわけにもいかないので、作業と会議に参加しました。

内心、オロオロしていて(悪化しないように早引けした方が良いのではないかしら?)と考えていましたのに、作業しながら治ってしまいました。

だけど、夜中まで困難は続き、夜早く寝る時間がとれたのに、頭が興奮していて寝付けません。バリバリの頭痛を抱えながら、結局夜更かししてしまいました。睡眠貯金はできないとわかっていながら、このところ、寝不足が続いています。

今日は午後からの学校行きなので、朝ゆっくりしようと目覚ましを止めて寝ましたが、4時間半くらいの睡眠で目が覚めてしまいました。

どうも、睡眠障害に入りつつあるようです。早寝早起きの生活パターンに切り替えようと思いつつ遅寝早起きが続いています。

心に引っかかっているのは、アンケートの処理のこと。統計ソフトの動かし方やら、解析方法やら(うまくいくのだろうか)と不安に思っているのです。

「出たとこ勝負、何とかなるさ」と思うことができれば、そんなことにはなりませんものを(泣)

今日の易経からのメッセージは「越えねばならない高い山はあるけど、順序を踏んで進めていけばうまくいく。」その中でも、2爻は、水鳥が岩に進んで、飲食を楽しむ姿。ただ食を楽しんでいるのではなく、下の卦の中心として上卦の君主を補佐して助け合う関係があるから、安らげるというもの。

上からの応援があるから、私の取りこし苦労は脇に置いて、悩んでいるよりは一個でもデータ入力に力を注いだ方が良いということでしょう。

この卦爻を得たなら、やるべきことは手順を踏んで一歩一歩進めること。逆に一足飛びの飛躍はないと、心得ておくことでしょう。

今のあなたの位置は、恐れるほど危険なものではありません。必要な飲食・睡眠はとり、心の安定を取り戻してください。

(もちろん、これはくんぷう自身へのアドバイスでもあります)

自分にわからないことは、どんどん上の人に教えを乞うていこうと思います。でも、前提として、自分のなすべきことは、一つ一つクリアして置かなければ始まらないのですよね。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

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2012年4月28日 (土)

4月28日の易経からのメッセージ【沢火革たくかかく・初爻】変えていかなければならない.。根本から。意思は固まっていますが、まだその思いは外には出さないまずは身を固めて。

4日間もご無沙汰してしまいました。(*_ _)人 ゴメンナサイ 。ブログの更新を期待していただいているんじゃあないかなあ?と思いつつ、手も足も出ませんでした。

何がそんなに忙しかったのか、思い出せないくらいじたばた、どたばた足掻いていたように思います。睡眠時間は毎日、3時間だったり4時間だったり。

疲れ切っているし、あまりに帰宅が遅いので夜のうちに課題をこなしきれない・・・「とにかく寝ちゃおう」と寝に入っても、やるべきことをやってないのでぐっすり寝られない。

こんなことを繰り返していると、過労うつになります。元気が取り柄だったのに、近頃はどうも怪しいです。

すっかり、体力気力が落ちて、喉に来る風邪を引いたみたいです。

娘一家も全員ひどい風邪で、とうとう孫は肺炎になり、入院しました。

だもんで、わたしも休みたいのはやまやまですが、付添いの娘からの頼まれ物を届けたり、ちょっと赤ちゃん見るのを代わってあげたりで、ここ二日は病院にも行っています。まだ一歳なのに、腕や足に点滴つけている姿は痛々しくて、かわいそうです。

でも、入院したら三日も下がらなかった熱も下がって、酸素吸入もして息も楽になったみたいで、ようやくほっとしました。

今、ようやく、明日も明後日もお休みということに気が付いて、宿題のことを考えないで、眠れそうな塩梅になってきました。

気が楽ですねえ!

そして、今朝の卦は【沢火革】革命の卦です。革という字を訓読みでは、「あらためる」と読ませますが、もともとは動物の皮。皮をなめすのに、たるんでいてはうまくいかないので四隅を伸ばしてピンと張りつめます。

今年2度目です。ひそかに改める決意を固めています。でも、まだ洩らさない。

さて、わたくしの【革】ってなんだろう?それはもう今週みたいな生活をしないことです。

行き当たりばったり、成り行き任せにしない。来るものは拒まずというスタンスも行き詰ってしまって変革の対象です。

とにかく、事をなす前に、よく計画を立てることで時間不足を補いたいものです。

どうも、革の卦のときは、根本からの変革が必要となりそう。

何が根本か、考えてみたい。根本の根っこを掘り下げてみましょう。

今夜あたりは、ぐっすり眠られそうですから、予知夢でもみるかもしれません。

以下過去記事です。

【沢火革】革は、已日(いじつ)にして、乃(すなわち)孚(まこと)とせらる。元(おおいに)亨(とおる)。悔い亡ぶ。

物事を改革するには、ちょうどいい時があります。已日(いじつ)とは既に改めるべきそのときのこと。天の時が至って改めれば、人々に「まこと」であると信じられ、喜ばれ、受け入れられます。そうなれば大いに志が通り、今までの悔い、心配事がなくなるのです。

反語的にみれば、已日(いじつ)でない革命は成功しません。物事を改めるには十分な準備と、自分の身を守る防備も必要ということ。

今日はその初爻です。物事を改めたいという機運は高まっていますが、まだまだその初め。時ではありません。鞏(かためる)に、黄牛の革を用う。

まずもって、身を固めましょう。ということです。何で固めるかというと、黄色い牛の皮。・・・一種の暗号のような例えです。黄色は中央の色、ラッキーカラーであり、品性高貴ということです。牛は易経では、いつでも柔順さの徳をあらわします。中庸を保ち、柔順に、革は堅固。固いということ。時が至るまでは、そのような場所に身をおいて、自分の立場を作ってください。

外から見ていかにもの鎧では、自分も人も疲れます。牛のように柔らかく柔順で、黄色くて人あたりよく柔らかい衣で、それがなかなか破れない革のような強さを持っていたなら、・・・やがては目指す革命の時には大いに働けることでしょう。

私たち一般人に革命という言葉ほど遠いものはありませんが、身近なことを革新することと受け取って、応用してみましょう。渡世のうえでどうしても、鎧・衣は必要です。

どうせ身にまとうものなら、柔らかくて強く丈夫で、そして明るい黄色で、と易経の教えは深いです。

さて、皆様おやすみなさい。

すてきな、ゴールデンウィークをお過ごしくださいませ。

くんぷう

2012年4月22日 (日)

4月22日の易経からのメッセージ朝の得卦【天火同人てんかどうじん・3爻】敵は手ごわい。3年準備しても勝てない。→夜には【天山遯てんざんとん・初爻】逃げ遅れ気味で危うい。とにかく静かに存在を晦ましましょう。

お久しぶりです。今日は更新しようと朝から思い続けていたのですが、パソコンの前に座るのが夜中になってしまいました。

今朝の得卦は【天火同人】卦辞 人と同じるに、野においてす。大川を渉るに利(よろ)し。君子の貞(ただしき)に利し。

大きな目的のある人は、この卦をいただくと、ほっと一息でしょう。

志を同じうする人が、広い野原に集まっています。隠れてこっそりではありません。大きな目的のため、力をあわせ、行い正しくしていけば通るのです。

ところが、今日の3爻。物事にはいつも、うまくいかない局面があります。3爻は板ばさみで努力・努力の立場です。陽剛で力があるのですが、どうも集団を乱しかねない。

3爻(爻辞)戎(じゅう=敵兵)を莽(もう=草むら)に伏す。高陵(こうりょう)に升(のぼ)る。三歳、興(おこ)らず。

志を同じくする者が、大同団結して大川を渡って吉の卦。でも3爻はいけません。相手を倒そうと、自分の野心を隠して(草むらに伏兵し、高いところから見下ろして、様子を見ているが、相手が強すぎて3年たっても無理という爻辞。

思い当たることが有るくんぷうです。

頭で爻辞を反芻うしていましたが、でも、記事を書く余裕もなく、久しぶりの休日をばたばたと追いまくられて過ごしました(孫の病気里帰りがありまして・・・)。

実は、この3週間追いかけてきたプロジェクトが、昨夕に頓挫して意気消沈の今朝でしたので、妙にリアルに爻辞を受け取っていました。

ようやく、記事を書く時間を得て、今朝ほどの得卦はなんだったのか、今日といういう日はどうだったのか、ふと顧みて、立筮をしてみました。

得卦は【天山遯】遯は亨る。小は貞にして利し。

初爻。遯尾。厲(あやう)し。往く攸(ところ)有るに用いるなかれ。

象に曰く。遯尾の厲、往かざれば何ぞ災いあらん。

逃げる列の最後尾にいます。あやうく尻尾を掴まれそう。

現実認識をもって、ここは引きさがるか、隠れる方がよいのでは。

象伝という易経の解説には「危ういのは行こうとするから。行かなければ災いはどうして起きようか?」とあります。

無理を悟れば、逃げた方が良い。逃げるのが良い時に当たって、まだ初爻の位置。逃げ遅れて敵に尻尾をつかまれてはなりません。静かに姿を晦ましましょう。

朝ほどと夜分と、得卦に流れがあります。朝には打って出て、様子を探っていた人は形勢不利を悟りました。できるならば、今は関与しないで引き下がろうと思い始めているのです。尻尾を捕まえられないように気を付けてください。

さて、くんぷう自身のこと。自分の思いだけが先走って、相手に迷惑をかけていることに気が付かないでいました。ですが、昨日から立て続けに起こった出来事によって、不明を悟りました。時に利あらず。

無理を承知で、兵を送ってはいけないということです。

夜には【天山遯】を頂き、どうやら、その方向には進まないで、時節を待つのがよさそうということは決定的のようです。

なんという、易経のシンクロ!と思います。

(進むのは苦しいなあ!  相当無理をしなければいけないなあ。それが天命なら、自分を空しく、柔軟にして前進あるのみ)と思っていましたが、前進しない方がよさそう。

遯という道がありました。心も軽くなりました。

今はいろいろなことが動いていて、とにかく易はよく立てますが、記事にできないで日々を過ごしています。空白の日々が多くてすみません。

花冷えという言葉も過去のものとなり、やがて初夏を迎える季節なのに、寒くてどんよりした日々が続きます。

心を鎮めて、暗く考えるときもあってもよさそうです。お大事になさってください。

懸案は置いておいて、様子を見ながら、日々を是、好き日に生きてまいりましょう。

くんぷう

大きな目的のある人は、この卦をいただくと、ほっと一息でしょう。

志を同じうする人が、広い野原に集まっています。隠れてこっそりではありません。大きな目的のため、力をあわせ、行い正しくしていけば通るのです。

ところが、今日の3爻。物事にはいつも、うまくいかない局面があります。3爻は板ばさみで努力・努力の立場です。陽剛で力があるのですが、どうも集団を乱しかねない。

3爻(爻辞)戎(じゅう=敵兵)を莽(もう=草むら)に伏す。高陵(こうりょう)に升(のぼ)る。三歳、興(おこ)らず。

敵意を隠して、高みに上っている。様子を伺って、すきあらば襲おうとしている。しかしそのような姑息なことでは、三年たってもうまくいかない。

同人の中に、そのようなよからぬ企みを持つ人がいるかも。または自分自身に野心ありかも。しかし、卦辞にいうように草むらに兵を伏して、高みの様子伺いでは、物事はうまくいかないのです。

広々としたところで、貞正な態度で臨みましょう。

2012年4月12日 (木)

4月12日の易経からのメッセージ(沢雷随たくらいずい・2爻)流れにしたがって、喜んで動くから、うまくいく

授業が始まりました。こちらが本分ですから、真面目に取り組んだ方がよいですね。

わかっているけど、直近の用事を優先してしまっていました。

今日は、身近な若者に喜んで関わっているうちに、本当なら一番あなたを助けてくれる立派な大人を失いますよ。

とご注意くださっています。

小子に係りて、丈夫を失う。

自分が何をするのが良いか、誰に関わってやっていくのが良いか、今一度お考えくださいね。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

2012年4月11日 (水)

4月11日の易経からのメッセージ【水風井すいふうせい・上爻】誰でも自由に、冷たいきれいな水を飲める。あなたの泉が涸れることはないのです。汲めば汲むほど、湧き出てくるので、井戸を覆う事は必要ありません。大吉。

久しぶりの古井戸修理のメンテナンスの卦【水風井】です。

本日は上爻です。井戸浚いを終えて冷たいきれいな水がコンコンと湧き出てくるようになりました。井戸の周りに石畳も敷いて、誰でもが近寄れるようになって、人々に喜ばれています。

この状態では、もう安心して泉の水を独り占めしようなどと狭い料簡はありません。覆いを取って、皆さんに使っていただきましょう。誠実であるので、大吉。

こんなおめでたいメッセージを頂いても、日常生活ではたいした変化もなく、この井戸の水を誰が飲みに来るの?大吉って?というようなことも多いですが、うれしい言葉に、神が宿ります。ポジティブ・シンキングなどと言わないでも、「言祝(ほ)ぐ」と古来から言われています。

今日も一日、好い日でありますように。

くんぷう

過去記事検索してみると、3年ぶりの上爻でした。

いろいろ大変なんだけど、まとまってきているのかなあ。

卦辞 井(せい)は邑(ゆう=むら)を改め 井を改めず。喪(うしなう)なく得る無し。往来井井。汔(ほとんど)至るも、また未だ井を繘(きっ)せず。その瓶(つるべ)をやぶる。凶

爻辞(上爻) 井収(くみ)て、幕(おおう)なし。孚(まこと)あり。元吉。

この卦は井戸をたとえにしています。井戸(泉)を中心にムラができますが、村が変わることはあっても井戸はそこにあり、変わりません。往来する人の誰でも井戸の水が飲めます。そのような井戸なら良いのですが、古くなって泥水になった井戸もこまりますし、釣瓶(つるべ)が届かなかったり、釣瓶の底に穴が開いているようではいけません。そうであるなら凶ですよ。心して修理していきましょう。

今日は良い井戸です。修理は終わって、人々によく飲まれる井戸です。

井戸の水がこんこんと湧き出し冷たく美味しい。つるべも修復されて、使い勝手がよい。だから人々が集まり、次々水を汲んでいく。上に蓋をして覆うこともないぐらいだ。

どのような人にも汲まれる井戸には誠の心があふれている。だから大いに吉。

そんな卦です。

大吉ですが、こういうときこそその先を考えたほうがよさそう。

覆いをかける暇もないぐらいの井戸には、やがてまた木の葉や泥が溜りましょう。使いすぎたつるべもやぶれましょう。だから、卦辞のご注意は胸においておきましょう。

わたしも、はっと気がつくと、自分を取り戻す余裕もないくらいの生活になっています。

大吉のなかでも、ゆるりとまいろうと思います。

2012年4月10日 (火)

4月10日の易経からのメッセージ【雷地豫らいちよ・2爻】楽しみに溺れず、石のように堅固に守りながら準備していく。なかだち、とりもちの働きが大切。

撮影画像

実習先の病院前が桜並木です。一週間前の朝、一輪の開花を見つけて喜びました。

7日後には、このように満開。

実習はきついです。4時起き、5時に家を出て、20時帰宅。へとへと。夕ご飯作りのあとすぐにレポート書きの心身になれないで苦悶。また、いろいろメール仕事がたまり、それらを果たしてから記録にとりかかり、出来上がるのは真夜中です。

それでも、子どもの本の関係の方がだんだん形になってきて、コーディネイトの仕事もそろそろ終わりそう。まさに今日の卦。石にかじりついてでも成し遂げていかなければならない覚悟でしたが、人を介して、楽しみながら準備(夏の大会の分科会の大枠)が出来上がりつつあります。

【雷地豫】楽しんで準備する時が、布置されているようですね。ゆとりと楽しみをキーワードに長期間の実習ものりきりたいです。

柿田川のカワセミを見に行きたくなっています。日程がとれるかなあ。

解説は過去記事で。・・と探したら、過去記事に解説はありませんでした。本当に頑張りどころで頂いている卦見たいです。

あとで、しっかり爻辞解釈しましょう。

とりあえず、今は卦辞・爻辞を載せるまでで失礼します。

【雷地豫】 豫は侯を建て、師を行るに利し。

豫はあらかじめ楽しく準備し、侯(きみ)をたてて、戦をするのによい。

その2爻。石に介す。日を終わらず。貞吉。

続きは後で書きます。書きたいです。

 

より以前の記事一覧

くんぷうさんの、ともいきブックス

  • ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)

    ウェスリー キング: ぼくはO・C・ダニエル (鈴木出版の児童文学―この地球を生きる子どもたち)
    この本は、2017年、ミステリー専門のエドガー賞児童図書部門を受賞しました。主人公ダニエルと共に殺人事件かもしれない謎に挑戦してワクワクしながら読み進めていけます。しかし、単純な謎解き物語ではなく、全編を覆っているのは、OCDの症状から逃れられない苦しみです。不安があると寝る前に2時間でも3時間でも儀式と呼ばれる強迫行為をしなければ就眠できないのです。ダニエルが「ザップ」と呼ぶ強迫観念が侵入してきて「○○をしろ。ダメだ。やり直せ」と命令し、ダニエルは手洗いやスイッチのオンオフ、歯磨きなどを繰り返しせざるを得ません。不合理と分かっていても止めることができません。涙を流しながら、し続ける苦悩がリアルに描かれています。作者もこの症状に苦しんだ当事者だそうです。 13歳のダニエルは、アメフトをやっているけど、とても自信がありません。蹴るだけや走るだけならできるのですが、試合でキックをする場面になるととたんに「ザップ」が襲ってくるし・・・。ある時スタメンの少年が怪我をして試合に出ざるを得なくなりました。謎解き、スポーツのヒーロー物語、異性への関心と友情が描かれ、ダニエルが密かに書き続けている「人類最後の子ども」という物語までが挿入されています。これでもかとばかりのエンターテイメント要素の投入です。作者は最後まで読んで欲しかったのですね。 OCDは、「強迫症」とも言われる病気です。子どもの有病率は2%前後とも言われています。この本の扉の裏には「OCDに向き合うあなたへ /ひとりでは見つからない希望も/助けを借りれば、かならず見つかります」と書かれています。ずっと秘密にしていたことを人に話すのには勇気がいります。OCDに苦しむ子どもにも大人にも楽しく読めて、回復への希望をもつきっかけになりそうな本です。OCDを知らない人にもこの病気について理解を深めていってほしいです。

  • エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)

    エリック ウォルターズ: リバウンド (福音館の単行本)
    これも少し前の児童書です。小学校上級から中学生くらいの人にお薦めですが、大人が読んでも面白いことは受け合います。カナダのある街に転校してきた車いすの少年デ―ヴィッドとバスケ好きの1学年上の少年ショーンのボーイ・ミ―ツ・ボーイの友情物語です。強がっていたデ―ヴィッドの心の奥底の寂しさと辛さに触れて、障害について思いを深めました。ショーンが車椅子体験をする場面もリアルです。

  • 京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)

    京谷 和幸: 車いすバスケで夢を駆けろ―元Jリーガー京谷和幸の挑戦 (ノンフィクション 知られざる世界)
    児童書です。ロンドンパラリンピックの前に出版された古い本ですが、一連のリアルつながりで、読みました。 自動車事故で脊椎損傷を負って下半身はおろか、背筋、腹筋も使えなかったサッカーJリーガーだった選手が、車椅子バスケでスポーツ選手として復活するstoryに子ども達は勇気づけられることでしょう。「夢に向かって行動を起せば、必ず出会いがある」という素的な言葉に出会いました。

  • 井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~

    井上雄彦 チームリアル 編集: リアル×リオパラリンピック ~井上雄彦、熱狂のリオへ~
    漫画家井上雄彦と取材チームが、リオ・パラリンピックの車椅子バスケを取材しました。マンガ「リアル」の登場人物たちを絡めながら、現実の試合と選手たちの姿を1冊の本にまとめてくれています。写真が素晴らしい。そして、リアルの原画もあり、選手たちのプロフィールも語りも読みごたえがありました。2020の東京パラりンピックまでに、「リアル」復活を熱望します!

  • 井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)

    井上 雄彦: リアル 1 (Young jump comics)
    暮れだったか、正月だったか?テレビで車椅子バスケの選手京谷和幸さんの特集を見ました。その粘り強さと目標に取り組む熱さに感動しました。「リアル」のモデルの一人だということが知らされ、さっそくこの漫画を手に入れました。素晴らしい漫画です。劇画中の登場人物の心情と情念が本当にリアルに描かれている。単なるスポーツ根性物語ではないです。登場人物の生き方と個性が迫ってきます。障害に向き合う姿が生々しい。リアルでありながらファンタジーも含んでいて、私はプロレスラー・スコーピオン白鳥に感動しました。プロセスを知らないおばはんを感動させる井上雄彦さんの漫画の迫力!残念ながら14巻までしか描かれていません。続きが読みたい。(息子が古本屋で既刊全て見付けてくれました)。そういえばバガボンドも途中だとか。それも息子に進められ以前に読みましたっけ。スラムダンクは読んでいません。

  • フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

    フランシスコ・X.ストーク: マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)
    この本が出版された2013年に一度読み、今回二度目に読んで、このリストに紹介します。主人公マルセロは弁護士のお父さんと看護師のお母さんを持つ、アスペルガー障害に良く似た症状のある17歳。小学校入学以来、私立でお金がかかる障害児への支援が専門の学校パターソンに通っています。高校の最終学年を控えた夏休み、お父さんは、弁護士事務所というリアルな世界でアルバイトすることを求めます。マルセロはパターソンの農場で生まれたポニーの子馬を世話するアルバイトがしたいのですが、お父さんは強硬です。リアルな世界のアルバイトを成功裏に負えたなら最終学年までパターソンにいて良いと、交換条件を出されてしぶしぶお父さんの事務所で働くことになりました。 マルセロはオフィスの中で、衝撃的な写真に出会います。顔面の半分が削り取られている映像なのに、その子の瞳が強い思いを発して迫ってきます。直属の先輩ジャスミンと一緒にその子を探し出そうとします。ここからはミステリー仕立てですのであまり詳しくは書けません。 マルセロにとってリアルワールドとは、障害があろうとなかろうと、思春期の男性として通過しなければならない世界です。性の芽生えや、異性への関心もテーマです。一方で裁判の中で争われる正義と不正義の交錯する世界もあります。自己の実感に基づいた行動を通して世界へ関わろうとするマルセロは嘘がないという意味で最もリアルな存在かもしれません。現代アメリカが抱える貧困や差別などのリアルな現実も描かれています。 自分の思いを的確、適正な言葉で表現し、コミュニケーションに反映させたいと苦闘するマルセロが発達障害を理解する上で参考になります。私も自分の思いにぴったりした言葉を探して苦労をなさっている方々と出会っています。会話がゆっくりだから知的に劣っているわけではないのです。何も言わないからといって、何も考えていないわけでもないのです。その辺りの当事者としての在りよう(叙述)に大いに学ばされました。発達障害に関心のある方もない方も、現代アメリカ小説として「時代を映す鏡」として楽しめる作品ではないかと思います             

  • ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある

    ニール・シャスタマン: 僕には世界がふたつある
    作者の後書きによると「アメリカの3世帯に1世帯は家族の中に精神疾患に悩まされてい」るそうです。翻訳者の金原瑞人さんは、訳者あとがきで「本文を全部読む前に読まないで」と書いてあります。上質のミステリーであり、ファンタジーも内包しています。読み終わった後、また初めから読み返してああ、この人があのキャラで・・・と振り返りたくなりました。私は書名からある予断をもって読み進みましたが、それでも十分に引きこまれました。当事者でなければ書けないような描写で叙述されています。それは作者が当事者家族でもあるからです。疾病と回復の物語です。今映画化が進んでいるそうです。話が進むにしたがって頭の中に映像が動きだしてきて惹きこまれます。ゲーム世代ならなおさらと思います。

  • 長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日

    長谷川ひろ子・秀夫: 生死いきたひ 生前四十九日
    タイトルの「いきたひ」は、書影で見られるように本当は生と死が合体した造字で、著者が考案したものです。「生きたい」「生きた日」と読めます。生に切れ目なく死が続いていることも読み取れます。著者は同名の映画を自主制作されました。悪性リンパ腫で40代の若さで亡くなったご主人の希望でなくなる前の家族の看取りの様子を映画に撮られました。ご自宅の畳の上で亡くなられた後、4人の子どもさんと著者は朝まで添い寝をされます。その映像を中心に、後から「畳の上での看取り」「腕の中に抱えた看取り」「看取りができなかった死に向き合う」方々のインタビューなどで構成されています。死を恐れるあまり、私たちは自分の死も家族の死も本気で真剣に向き合ってこなかったなあと思います。この映画に触れ感動した人々が全国で上映会をされています。看護や医学を学ぶ人達の学校でも上映されています。私は、看取りを専門にする看護師さんから紹介されて映画を見、この本も読みました。本気で向き合わなければならない死が私の周りにもあります。ゆっくり考えています。

  • 藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

    藤井克徳・池上洋通・石川満・井上英夫 編: 生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの
    2016年の相模原殺傷事件の後、衝撃を受けながらも、黙ってはいられないと、障害について深くかかわっていらっしゃる6人プラス4人の方による、深い思考と問いかけの本です。タイトルの「生きたかった」から、犯人の投げかけた差別思想に対抗する書物であることが伝わってきます。6人の執筆者は、編者の4人の他に、盲聾重複障害の東大教授福島智さんと精神科医の香山リカさんです。他に、当事者・家族・支援者の立場の方4名も思いを綴られています。福島さんが述べていらっしゃるように、今は、障害の有無にかかわらず、誰もが生きづらく感じている現代日本の社会です。今回のこの事件を自分の問題として考え続ける努力を積み重ねていきたいです。自分には無縁と思っていた優生思想とヘイトクライムのその芽が自分の中に存在しないかどうか?自己点検の目も必要です。

  • 手嶋 ひろ美: 笑われたくない! (文研ブックランド)
    主人公結花は脳性まひのある小学4年生。不自由な体を笑われたくないといつも思っています。ところがお楽しみ会の出しもので結花たちの班は、二人羽織をすることになったのです。班の男子はわざと変な食べ方をして、みんなに笑ってもらいたい。結花は一生懸命、羽織の後ろの小雪と練習して、上手に食べるところを見せたい。心の中で「笑われること」にとても抵抗があるのです。 脳性まひの人の体の不自由さからくる心の苦しさ、社会の側のバリア、周囲の無理解などが結花の視点から丁寧に描かれています。私自身も今だに笑われたくないと思うことがあります。障害があってもなくても、人と違う自分を受け入れると、笑われることなどどうでも良くなるように思いました。大切なのは自分がどう生きるかということですね。著者自身も脳性まひのある人で、車いすの自分をじろじろ見る人には、自分からにっこり笑ってみるそうです。
  • アン ブース: 霧のなかの白い犬

    アン ブース: 霧のなかの白い犬
    17年度の小学校高学年の読書感想文課題図書です。主人公たちは中学生です。おばあさんの認知症と白い犬を飼い始めること、など読み始めのアイテムには、確かに小学生も関心を持つでしょうが、読み通し、内容世界に迫るには小学生にとっては難しすぎると思いました。世界の国を知り、歴史的な知識も持ち始める中学生以上に読んでほしいです。高校生でも大人でも読みごたえはあります。ネタバレになるので、おばあさんと白い犬の関係を紹介できないし、論じられないのが残念。主人公ジェシーたちはイギリスの田舎町に住んでいます。その小さな村にも移民に職を奪われたお父さん(出稼ぎにフランスへ!)や、ダウン症の村人や、学校でのいじめ、家庭の問題など、子どもが気にせずにはいられないことが満載です。ファンタジーものにどっぷりつかっている、日本のヤングにも主人公と一緒におばあさんの子ども時代を探索する旅に同伴してほしいです。イギリスやドイツの児童文学やヤングアダルト文学が障害や戦争、平和の問題を掘り下げて描いていることにいつも感心します。70年以上前の戦争の傷跡が今を生きる人間関係に影を落としていることは、日本もアジアも同じことです。ナチスの問題を自分に関わりのあることとして考えました。

  • 伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか

    伊藤亜紗: 潮新書 目の見えないアスリートの身体論 なぜ視覚なしでプレイできるのか
    この著者の専門は美学や現代アーツです。ですが、元は生物学を目指していらっしゃったそうで、身体を論ずる視点が面白い。「目の見えない人は世界をどう見ているか?」もユニークな本でした。スポーツは基本的に身体条件が違う人が一定のルールの元で(公平さ)競うもの。目が見えないというハンディキャップがある人どのようなルールの元で、どのような身体の使い方をして、誰と協働して、思い切り競技・競争ができるのかを、現役アスリートへのインタビューを通して論じています。人間の身体の不思議、能力の果てしなさを思います。パラリンピック、是非観戦したいです。描かれている競技はブラインドサッカー、競泳、陸上、ゴールボールなど。

  • 古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)

    古内 一絵: フラダン (Sunnyside Books)
    男子が圧倒的に多い工業高校の中に女子ばかりのフラダンス愛好会がある。そこに入部した男子4人。リーダーは「フラダンス甲子園」での優勝を目指している。フラ本来の文化的意味を強く持つ男踊りを組み込んだフォーメーションを考え意欲満々。そればかりでなく、フラ愛好会「アーヌエヌエ・オハナ(虹のファミリー)」は慰問活動にも熱心に取り組んでいる。読み進むうちに笑顔が重要な要素であるフラダンスの魅力にはまる。高校生の人間模様はどこであろうと、多数派と少数派のぶつかり合いがあり、自分自身の中の青春の葛藤があるが、この物語の舞台は福島県。震災と原発事故を背景にした複雑な思いが描かれている。物語の転換点は仮設住宅への慰問でぶつけられた住民の言葉であるが、福島以外の中高生にどこまで伝わるか気にかかる。第63回読書感想文コンクールの課題図書となっている本書。原発発災の時はまだ小学生だった人達が今高校生である。風化の中でおためごかしの復興が叫ばれている。この本は楽しみながら読める痛快学園ものである。多くの高校生に手に取って欲しい。そして、今も故郷に帰還できない人達の困難と原発事故・放射能被災という現実を登場人物の苦しみを通して読み味わってほしい。(といっても既に現状はもっと進み、避難指示解除による国と電力会社の住民切り捨てが広がっている。仮設住宅は閉じられ、復興公営住宅への転居とまたまた新しい環境への適応を強いられている人達が多くいるが本書ではそれについては描かれていない)

  • 池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話

    池田 晶子 睦田真司: 死と生きる―獄中哲学対話
    池田晶子さんと獄中死刑囚(強盗殺人犯)の往復書簡集。哲学の本は読み通すことが難しく苦労するのに、この本は短時間で読み切りました。初めは寝掛けに布団の中で睡眠薬代わりに読んでいました。中盤は、続きが読みたくて朝起き掛けに。そして、最後は事務机で姿勢を正して読みました。往復書簡は、死刑囚である睦田さんから、池田さんへのファンレターが雑誌の編集部に送られてきたことから始まりました。池田さんの著書(一連のソクラテスもの)によって、自分自身の罪と罰に向かい合い、殺した人の命の分まで「善く生きる」と決意している自分自身の死生観、今現在の哲学が述べられています。池田さんはその彼に本気で向かい合い、「甘い」としかり、罪と罰、殺すこと、死刑による死に向かい合い、もっと考えろと迫ります。池田さんの人間的な一面がよく現れていて、思わずクスリとしたりして哲学が苦手な私にも読み通す意欲を与えてくれました。二人とも理知の人で池田さんによれば良く似ているとのこと。言葉によって現象を吟味し思弁し尽くすお二人の姿を通して、いい加減な自分自身の生き方に反省が生まれます。死について考えている今だから出会った一冊です。生き方を考えるとは、死を考えることだと思います。

  • 志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)

    志賀 泉: 無情の神が舞い降りる (単行本)
    物語の舞台は南相馬市小高(原発20キロ圏、旧避難指示区域)。あの日(2011年3月11日)から半月あまり、町に残っている人はほとんどいない。俺は町を離れなかった。瀕死の病人である母を今動かせば、即、死につながると案じて。母はゆっくりと衰弱していく。無人の町で、30年前の記憶が交錯する。俺の家はしがない床屋だけど、近くの八坂医院には、あこがれの転校生が住んでいた。彼女は孔雀を飼っていた。俺は孔雀のエサとして蛙を取って来る係だった。そして切ない悲劇が舞い降りる。今、無人になった医院の孔雀小屋に、黒犬が残されている。人間の避難に犬は連れて行けないから。痩せこけている犬に餌をやる。そうこうするうちに母が死に、黒犬はペットレスキューのボランティア女性に託される。巨大化した美しい羽でメスを呼び寄せる孔雀はうまく飛べないというリスクを背負う。原発は孔雀に似ていると俺は語る。止めようとしても止められない肥大化した姿。原発爆発後、半月経過した町の描写が心に残る、表題作。小高の街を歩くと彼に出会いそうな錯覚がする。もう1編「私のいない椅子」が収められている。こちらは、阿武隈山脈の海側、原発のすぐ近くに住んでいた女子高生が主人公。その反対側の地に避難、転校している。福島の高校生が、今を映した映画を創る物語。私の母は自分の両親を津波で失ったが、遺体捜索もできなかった(避難指示で)ゆえに海から離れられない。私は一人親戚のおばを頼って避難しているが、あの山の向こうを超えて、海辺に帰りたい。初め映を引き受けていたけど、声高に原発反対を叫ぶ映画に変容していく制作側(避難を受け入れる側)の高校生や支援の制作グループの主張に沿っていけずケンカして役を降りる。私はただ、自分の存在を映画を通して、今は散り散りになった友人たちに届けたいだけ。ロケで海辺の故郷に行くことが望みなだけ。映画は私とは無関係に進行し試写会が行われる。すでにそれは「わたしのいない椅子」になっている。私は義援金で買った新しい自転車で海辺の町に向かう(もちろん本当は帰れない町)。原発立地の町の女子高生の身になって、違和感なく物語の進行につき合っていけた。作者は小高で育ち、今は休校中の双葉高校を卒業した人。現在進行中の原発被災地の中側に立った物語。ホンの小さな話だけど、細部に神が宿る。あの事故がそこに住まう人々の暮らしと内面に何をもたらしたか?ドキュメントではなく文学で伝えられることは貴重なことと思う。

  • 中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉

    中井 久夫: いじめのある世界に生きる君たちへ - いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉
    著者は日本の精神科医の中でも、最も誠実に独創的に患者さんに向かい合ってこられた方だと思います。読者は、自分がお医者さんでなくても、人に向かうには、自分に向かいあい受け入れるには、どうしたらよいのか?そういった疑問を抱いて読めば、必ずヒントがもらえるようなご著書が多いです。私もずいぶん読ませていただいてきました。難しい学術書もありますが、一般書として書かれた本も奥深いのです。この本は、ご自身の子ども時の体験から今現在のいじめを受けている子どもたちに救済の言葉を紡いであります。「こころが傷つく」とはどういうことかということを、精神科医としての理解と元いじめられっ子だった体験とを合わせて子ども(小学生から高校生まで、いえ元いじめられっ子だった数々の大人にまで)にわかりやすく語りかけます。「いじめ」は「人間奴隷化」のプロセスと説明してあります。いじめの進行は、孤立化⇒無力化⇒透明化のプロセスをたどり、いつしかその場に居てもいない人になり、いじめがあっても周りに見えない状況になり、激烈ないじめが続くというその過程と構造を子どもも大人も知ってほしいです。どうしたら抜け出せるか?対策は?まずはいじめられている子の安全の確保をし、次には孤立感の解消、そして大人として、これからは決して孤立させないという保障の言葉を伝える。そのあとに、いじめられた子どもの心の傷(罪悪感、卑小感、劣等感などをふくめ)の手当てが必要です。この本を読むことは、そのための大きな手当の第一歩になることと思います。著者は60歳を過ぎて、阪神淡路大震災の傷ついた被災者に向き合う中で、自分自身の子ども時代のいじめられ体験の傷がなまなましく浮かび上がってきたと述べています。それほどに心に傷を負うことは、深く恐ろしいことなのだと改めて思いました。

  • ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)

    ティク・ナット・ハン: マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)
    ティク・ナット・ハンの本を紹介するならこの本を!と思って書架から取り出しここ2週間ばかり読んでいます。最初に出会ったマインドフルの本です。もう20年以上も前の出会いです。解脱を説く本です。物事、真理、現実とのかかわり方や見方を、ハン師が到達し体験した瞑想法を通して教え導いてくださいます。結局、いのちは一つ、すべてのものが繋がっているということを、実感をもって観相し、体験することが出きればよいのです。それが、呼吸を見ることであったり、互いの関わりを深く瞑想することであったりするのですが、勿論私はその入り口にも立ててはいません。ですけど、柔らかなかたり口ながら、うまずたゆまず努力すれば、体と心が安らぎ、やがては明晰な意識を保つことが出きるような生き方もできるかもしれないと希望を抱かせていただける本です。寝る前のぼんやり頭で読んで、身につくかどうか?心もとないですけど。

  • ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~

    ティク・ナット・ハン: 怖れ~心の嵐を乗り越える深い智慧~
    最近はマインドフルネスという言葉をあちらこちらで聞くようになりました。NHKでも、ストレス対処に一番有効というようなスタンスでドクターや心理士登場の番組の中で紹介されました(NHKスペシャル「シリーズキラーストレス」)。瞑想による心身の深い境地を「すべてに気づいている」という意味のこの英語に訳したのが、著者だったと、私は理解しています。ベトナム出身の大乗仏教のお坊さん。今は、フランスを中心に活動されています。たくさんの本があります。一冊読んで何かが分かったというような知識伝達の本ではなくて読みながら、自分自身の心身に適用していく実践の書です。でも、内容は深い。般若心経の、解説の本のようでもあります。叔母の死に際して、生と死や、自分自身の来た道還る道を考えている時、たまたま目の前の机の上にあり、今読みなおしています。死を畏れない。過去と未来の不安に飲み込まれない。ただ、今を生きるために怖れを優しく包み込み「マインドフルに呼吸する」ことの大切さを説く、実践の書です。

  • 中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)

    中澤 正夫: 死のメンタルヘルス――最期に向けての対話 (シリーズ ここで生きる)
    著者は、椎名誠の怪しい探検隊に同行する精神科医。椎名のエッセイを楽しんでいるうちにこちらのドクターの本も出ると読んでいる。5月から刊行され始めた岩波の「シリーズここで生きる」の第1弾。新聞の大きな広告に惹かれて読んだ。ご自身の終活の話より、対談やインタビューした方々の話の方が面白い。100歳の現役精神科医の研究や治療への向き合い方に励まされた。終章に私も行っている福島関連のボランティアの話があって、ちょうどそこに行くときに読んだのでドキドキした。死への向き合い方は人さまざま、参考にはならない。むしろ生き方として参考になる。著者は何度も無宗教ということを強調している。はてさて後には何も残らないのか?そんなはずはないよねと私は思う。

  • ドリアン助川: あん (一般書)

    ドリアン助川: あん (一般書)
    この本を手に取ったとき、りーかあさまを読んだすぐ後だったので、ハンセン氏病関連が続く偶然に驚いた。意図して読んだものではない。ドリアン助川つながりで手に取った。タイトルの「あん」とは、どら焼きの「あん」のこと。千太郎はあるいきさつで小さなどら焼きのお店をまかされている。あんは既製品の缶詰を使い、その日に売れ残ったら冷凍保存して翌日新しい缶のあんと混ぜ合わせて使う。借金返済のために年中無休で一人っきりで鉄板の前で働いてもう5年になる。話し相手が欲しくて「バイト募集」の張り紙を出したら、どう見ても働くのは無理でしょうと言う感じのおばあさんが現れた。「こういう仕事をしてみたかったの」と訴える。姿は指が曲がり、左右の目の形が違っていて表情もどこかおかしい。彼女は千太郎のどら焼のあんは作った人の気持ちが感じられないと言う。持参したタッパーには極上の手作りのあんが入っていた。雇うのは無理と思いつつ、彼女のあんとゴミみたいな安い時給でよいということに惹かれて雇うことにした。それから、彼女に厳しく指導されながら、本物の小豆の扱い方を学び、手作業を覚え、彼のお店は繁盛する。読み手も千太郎のあん作りに同行しながら、あん作りの醍醐味や極意を教わったつもりになる。あずきにしっかり気持ちを向けて、小豆に働いてもらうようにというおばあさんの気合の入った言葉が心に響いてくる。そのおばあさんは、指が曲がったままというところから近くにあるハンセン氏病の施設の人ではないかという噂が広がり、お店の客足は途絶えてしまう。ハンセン氏病という病気の実態も知らず、長い間社会的隔離をされてきて療養所以外で暮らすことのかなわなかった人々がいたことなど、まるで知らない今の若い読者にとっては、半ばミステリーのような物語であろう。作中の女子中学生と共にあん作りの名人76歳の吉井徳江さんに感情移入して、いつ、どうして、なぜという、謎解きをしながら、徳江さんの生きてきた道をたどって欲しい。白いブラウスの似合う女学生が終生を療養隔離施設で過ごさなければならなかった残酷を思う。林に還っていった徳江さんの最期に泣いた。